深刻な危機感を持つモルドバ

ウクライナの西隣に位置するモルドバも、深刻な危機感を抱いています。親欧米路線で、「鉄の女」と呼ばれる50歳のマイア・サンドゥ大統領は、2020年に就任しました。モルドバは欧州の最貧国の一つと言われ、人口が約260万人の小さな国ですが、親ロシア派と親西欧派の綱引きが絶えません。今年3月にEUへの加盟を申請したため、ロシアの反感を買っています。

モルドバの東側を流れるドニエストル川沿いには、ロシア人とウクライナ人が古くから住んでいます。ここではモルドバ人(ルーマニア人とほぼ同じ)という共通の敵がいるので、ロシア人とウクライナ人はまとまっています。

モルドバの地図。オレンジ色部分の地域が、モルドバから一方的に独立を宣言している「沿ドニエストル共和国」。ロシア軍が平和維持軍の名で駐留している。
写真=iStock.com/PeterHermesFurian
モルドバの地図。オレンジ色部分の地域が、モルドバから一方的に独立を宣言している「沿ドニエストル共和国」。ロシア軍が平和維持軍の名で駐留している。

1991年に「沿ドニエストル共和国」という未承認国家を作り、ロシア軍が平和維持軍の名で駐留しています。ドネツクとルハンスクの「共和国」と同じ形です。ウクライナの黒海沿岸の都市オデーサを占領し、この沿ドニエストル共和国とつなげてしまうのが、ロシアの狙いです。

米ロはメディアを通してメッセージを送り合うありさまだった

戦争が始まって以来、私がずっと危惧していたのは、アメリカとロシアの間で対話が途絶えていることでした。しかし5月13日、アメリカのオースティン国防長官とロシアのショイグ国防相が電話会談を行いました。アメリカの呼びかけにロシアが応じて、1時間ほどの話し合いが実施されたということです。

停戦に向けた進展はなかったとされていますが、対話の窓口は常に開けておくことが大切です。外交チャネルがあれば、直接電話をかけたり、大使館を通した外交のやり取りができます。また両国に対話を継続する意思があれば、CIAとSVR(ロシア対外情報庁)が、水面下で連絡を取り合うこともできます。

しかしこの電話会談前の両国は、メディアを通してメッセージを送り合うありさまでした。アメリカは報道官が記者会見を行い、その様子がロシアで報道されて、クレムリンに伝わる。それを受けて高官がロシアのテレビ番組に出て、返事をする。これでは内密なやり取りができず、誤解も生じかねません。

ロシアの政府系テレビ「第1チャンネル」が放送している政治解説番組『グレートゲーム』にラブロフ外相が出演したのは、4月25日です。ラブロフ外相がテレビで1時間も話をするのは、異例のことです。

私はこの番組を観ていましたが、ラブロフ外相は、核戦争を起こさないことがロシアの基本的な立場だとして、ウクライナでの軍事作戦が核兵器使用に結びつかないようにしなければならないと語りました。そして、現状は1962年のキューバ危機よりも緊張していると述べたのです。

キューバ危機の時期には、「文書化された」ルールは多くなかった。しかし、行動上ルールは十分明確だった。モスクワはワシントンがどう行動するかを理解していた。ワシントンもモスクワがどういう振る舞いをするかを理解していた。現在はルールがほとんど残っていない。

そのあと、前述したオースティン国防長官とショイグ国防相の電話会談が実現したので、この時点での緊張は少し緩和されたといえるでしょう。