東京・新小岩に白飯をメインにする「ステーキ店」がある。店名はコメトステーキ。店主の大曽根克治さんが、父から継いだ米穀店を閉じ、2019年末に立ち上げた。コメを生かした店づくりが奏功し、行列のできる人気店に。フリーライターの川内イオさんが取材した――。
「コメトステーキ」の外観。人気ラーメン店と似ている
筆者撮影
「コメトステーキ」の外観。一見、なんの店かわからない作り

メニューは2つだけ…倒産から始まった米穀店主の逆転劇

総武線・新小岩駅の南口を出ると目に入る、アーケード商店街。全長約420メートル、約140店舗が軒を連ねるその商店街をのんびり10分ほど進むと、住宅街に出る。

それまでの賑やかさとは別世界のように静かでひっそりとした通りを歩いて2、3分、明かりをつけた軒先の黄色いテントが夕闇に浮かび上がる。テントにはなにも書かれていないから、ぱっと見はなに屋なのかわからない。

ある土曜の夜、その不思議な店を訪ねると、先にふたり並んでいた。店のなかをのぞくと、10人ほどのお客さんがカウンターに並び、黙々と食事をしている。カウンターの奥では、ひとりの男性がきびきびと動き回っていた。

「コメトステーキ」の券売機。「当店はステーキ屋ではなく、ご飯屋です」と手書きで書かれたメッセージが目を引く
コメトステーキの券売機。「当店はステーキ屋ではなく、ご飯屋です」と手書きで書かれたメッセージが目を引く(筆者撮影)

2、3人のお客さんが会計を終えた後、男性に「どうぞ!」と呼ばれて、店内に入る。入口の正面にある券売機には、長文のメッセージが貼られている。

「当店はステーキ屋ではなく、ご飯屋です。元米屋が提供する美味しいご飯がメインです。付け合わせのお肉は肩ロースなので、筋も多いし硬いです~」。そして、券売機の主な選択肢はふたつしかない。「米とステーキ 1600円」と「ステーキだけ 1600円」。

コメがメイン、ステーキは付け合わせ。コメを食べなきゃもったいないと思わせるメニュー。そう、ここは2019年12月にオープンしてすぐ行列のできる人気店となった「コメトステーキ」だ。

この人気店の歴史は、「倒産」から始まった。

人生で一番働いた1カ月

コメトステーキのオーナーシェフとして毎日ひとりでカウンターに立つ大曽根克治は、新小岩で生まれ育った。1977年生まれの大曽根が小学校2、3年生の頃、父親が始めたのが「松栄米穀」。いわゆる「町のお米屋さん」である。

と言っても、大曽根少年にとっては「親の仕事」という感覚で、毎日の食卓にのぼるコメは「おいしい」と思っていたものの、特にコメを意識して育ったわけではないという。ただ、家族で外食に行った時に「あれ、コメがおいしくない……」と感じることがたびたびあったそうだ。