イギリスのバイオテクノロジー企業コンパス・パスウェイズの共同創業者であるジョージ・ゴールドスミスは、この点を重く考えている。同社では、10カ国で233人を対象に臨床試験を進めている。

ゴールドスミスには、個人的な思い入れもある。ゴールドスミス夫妻は、精神疾患の息子の治療法を探していたときに幻覚剤療法と出会い、この種の治療法を表舞台に復活させたいと願っているのだ。

そこで、臨床試験の設計過程で監督官庁と緊密に連絡を取り、顧問委員会には権威ある専門家を何人も招いた。米国立精神衛生研究所(NIMH)のトム・インセル元所長もその1人だ。「この分野でもイノベーションが必要とされていると思う」と、インセルは語る。

過去の「失敗」は繰り返せない

インセルが恐れるのは、医療とは関係のない要素でせっかくの取り組みの足が引っ張られることだ。アメリカでは近年、シロシビンの合法化を目指す運動が勢いを増していて、いくつかの都市では既に住民投票で合法化が支持されている。連邦法ではまだ違法とされているが、医療機関以外での使用が広がれば、昔のように悲惨な事例が相次いで、再びイメージが悪化しかねない。

それでも、早くも何百社もの新興バイオテクノロジー企業が資金調達を始めている。これらの薬品を臨床で用いるための研究に着手している研究グループは100を軽く超す。

FDAが幻覚剤を用いた治療を承認するとすれば、いくつかの特別な条件を課す可能性が高い。医療機関以外で服用しないこと、慎重なコントロールの下で用いること、しかるべき訓練を受けた医療従事者が服用させることが条件とされるだろう。

「とても過酷な経験をするケースが少なくない半面、恩恵も多い」と、ゴールドスミスは言う。「見たくない幻覚を見ることになるかもしれないが、大きな治療効果が得られる可能性もある。そこで療法士が付き添うことが重要になる」

幻覚剤を用いた治療は、適切な状況で実践すれば、ほかの治療法で効果が見られなかった患者を救えるかもしれない。

プレスリーは臨床試験に参加して3年がたつ。今も時々鬱の症状に見舞われるが、その症状に押しつぶされることはなくなった。抑鬱状態から抜け出すためにどうすればいいかも分かっている。両親や兄弟との絆を再確認することが有効だと気付いたのだ。私的なことを語ることへの抵抗も少なくなったという。

「いくつかのことを正しい組み合わせと正しい順番で実践すればいいのだと分かった。その好ましい状態を自分の力で実現できるようになった」と、プレスリーは言う。「おかげで情熱が戻り、心の底からやる気が湧いてくるようになった」

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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