<マジックマッシュルームの有効成分「シロシビン」と「LSD」が、精神科医療に過去30年で最大の進歩をもたらす可能性:アダム・ピョーレ>
マジックマッシュルーム
写真=iStock.com/Yarygin
マジックマッシュルームの有効成分が鬱病治療の救世主になるかもしれない

アーロン・プレスリー(34)は大人になってからの大半の期間、自分を抜け殻のような、ゴミのような存在だと感じてきた。現実がひどく単調に感じられ、朝ベッドから出るのも大変なほどだった。ところがあるきっかけで、重くのしかかっていたうつの霧が晴れてきた。

プレスリーはジョンズ・ホプキンズ大学病院の精神科のソファに横たわり、アイマスクをしてヘッドフォンからロシアの合唱隊が歌う聖歌を聴いていた。大量のシロシビン(幻覚を引き起こすキノコ「マジックマッシュルーム」の有効成分)を投与された後で、彼は明晰めいせき夢ともいうべき境地に入っていた。幻覚の中で家族の姿や子供時代の情景を見て、長い間忘れていた強い愛情を感じた。「地上の楽園という感じ」だったと彼は言う。

ジョンズ・ホプキンズ大学は精神療法とシロシビンを組み合わせた鬱病治療法の効果を評価するための小規模な研究を行っており、プレスリーは24人の被験者の1人だった。もし米食品医薬品局(FDA)の承認が得られれば、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)のプロザック登場以降、精神科治療における最大の進歩となるかもしれない。

鬱病に苦しむ人の数は全世界で3億人、アメリカでは成人の7%に当たる約1600万人といわれる。だが、3人に1人はカウンセリングや既存の治療薬では効果が見られない。

シロシビンを使った新しい治療は希望の光だ。プレスリーが参加した研究は2020年、米国医師会報(JAMA)の精神科専門誌で発表されたが、それによればこの治療法の効果は従来の抗鬱剤の4倍も高かった。投与開始から1週間で患者の3分の2の鬱症状が5割以上軽減し、1カ月後には半数以上が寛解したという。

アメリカと欧州では今、承認を目指してさらに大型の臨床試験が進行中だ。FDAから「画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)」の指定も受けており、早ければ24年にも使えるようになるかもしれない。

ケアレスミスから表舞台に

マジックマッシュルームは古くからアメリカ先住民の間で使われてきたが、幻覚効果を持つ物質に西洋医学が目を向けるようになったのは1943年になってからだ。

きっかけはスイスの化学者アルベルト・ホフマンが、リゼルグ酸ジエチルアミドつまりLSDをうっかり摂取してしまったこと。彼はすぐに「夢のような状態」に陥り、「幻想的な絵や万華鏡のように色が変わる異様な形が途切れることなく次々と」目に浮かんだという。ホフマンは、LSDには精神疾患の治療薬としての用途があるかもしれないと考えた。