ネガティブな思考のループを断つ

幻覚剤がデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)をシャットダウンする効果に注目する研究者もいる。DMNは複数の脳領域で構成される脳回路で、ぼんやりした状態で「心がさまよっているときに働く回路」として知られている。ネガティブな思考のループに苦しむ鬱や不安神経症の患者は、この回路が過敏になっていることが多い。

プレスリーは治療を受けるまで、「自分は無駄な存在で、よくなる見込みはない」と自分に言い聞かせていた。こうした非生産的な思考の繰り返しは、精神医学では「反すう」と呼ばれる。ハーバード大学医学大学院のジェロルド・ローゼンボム教授によると、反すうは、鬱や依存症、強迫性障害などの精神疾患で重要な役割を演じる。

プレスリーはシロシビンによる幻覚体験の際に、非生産的な反すうが止まった。頭の中の批判的で威圧的な声が消えたのだ。そして、ある程度の自己受容と、自分の人生に対する主体性がほの見えた。

こうした体験について、ウィスコンシン大学マディソン校の精神科医で鬱病を専門とするチャールズ・レゾンはフロイトの概念を引きながら、「自我」のスイッチが切れて「無意識」が自由に表れるようになる、と説明する。幻覚剤を服用している人は、普段は自分でも気が付かない内面の感覚や深い洞察が明らかになることが多い。

「幻覚剤が記憶と感情に関わる大脳辺縁系の領域を解放するという考え方は、(臨床試験に参加した)人々の報告と一致する」とレゾンは言う。

脳障害の患者の多くは「精神的・行動的なレパートリーが狭い」ために「最適ではないパターン」に閉じ込められて、自分では抜け出せないと、プレスリーが臨床試験に参加した研究の共著者で、ジョンズ・ホプキンズ大学精神医学・行動科学教授のマシュー・ジョンソンは言う。この「最適ではないパターン」は、反すう的思考や、物事が悪い方向に進むだろうと反射的に予想するといった行動として表れ、物理的には脳の異常な活動として観察される。

精神疾患の多くは、脳の異常な活動が見られる。特殊なニューロンの集合(回路)が硬直した神経伝達のパターンに陥り、他の脳回路との効果的な伝達ができなくなるのだ。そして、脳が新しい状況を解釈しながら反応するという柔軟性と機敏さが失われ、やがて病気になる。

「幻覚剤の作用が徐々に消えてなくなったとき、何らかの方法で脳のネットワークが再設定され、より健康的なパターンに戻るのではないか」と、50年以上にわたり分子生物学から幻覚剤を研究しているデービッド・ニコルスは言う。