あなたはなぜ、お母さんを殺すことを思いとどまったんですか?

そう問うと、マドカは言葉を一生懸命探していた。

「勇気がなかったのかもしれない。人を殺すからには、自分も死なないといけないと思っていたから」「いや、勇気って言うとちょっと違うかも……」「神戸の人よりも、私は少し周りに恵まれていたのかもしれない」

「あの時、母を殺さなかった自分に感謝しています」

あの頃は未来が全く見えなかった。明日も明後日もこうなんだ、と生き延びることで精一杯だった。神戸の人もそうだったんじゃないか。

「殺し方を考えている間は、たぶんやれない。介護をやっていると、ふっと真っ白になる瞬間があるんですよ。その時に彼女は殺しちゃったんだなって思う。当時、真っ白になる瞬間があったら私も殺していたと思う」

毎日新聞取材班『ヤングケアラー 介護する子どもたち』(毎日新聞出版)
毎日新聞取材班『ヤングケアラー 介護する子どもたち』(毎日新聞出版)

しかし、母の暴力に暴力でやり返すことだけはしなかった。それが自分を人間としてつなぎとめてきたように感じている。

「あの時、母を殺さなかった自分に感謝しています」

故郷を離れ、高齢者グループホームで働くマドカ。11月の良く晴れた日、マドカと一緒に商店街を歩いた。ある花屋の前を通りかかると、マドカは笑って店を指した。

「グループホームに飾る花をここで買ったんです。すっごく高かった」

彼女の半生を描いた記事は、この時に撮影した写真とともに毎日新聞に掲載された。

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