武漢当局の公式発表はWHOの把握より遅い

武漢当局の発表は中国標準時CTS31日午後1時38分(協定世界時UTC31日午前5時38分)で、EIOSが最初に検知したとするUTC午前3時18分よりは後だ。一連の中国報道やProMEDメールよりも遅い。実際の順序に逆らって前に持っていく必要性はない。むしろ誤解を与える。

WHO本部のタイムラインの順番では、まず武漢の公式発表があり、それをWHOの国事務所が把握したという箇所を強調することになる。間接的ではあるが、中国→WHOという流れで情報が伝わった――という誤解を含んだ印象を広めてしまう。

ジュネーブ発の報道に比べると、中国からの報道量は圧倒的で、そうでなくてもWHOの情報発信は埋没しがちだ。ここで中国の問題点を明確に指摘しないのでは事態はさらに悪化する。

WHOが公表した一連の詳しい経緯は、本書のような例外を除けば、ほとんど社会に伝わっていない。

筆者以外に、12月31日の武漢クラスター把握が中国からの自主的な通報ではなく、WHO自身によるものだと報じたのは、主要メディアだと20年7月4日のAFP通信「First alerted to coronavirus by office, not China: WHO(WHO「コロナウイルスに対する最初の警告は事務所で、中国ではない」)」くらいだ。この記事も、WHOによる4月8日の最初のタイムラインと、台湾メールに反論した4月20日の記者会見、6月29日の改訂版タイムラインを根拠にしている。

国際社会は中国ではなくトランプ氏を批判した

パンデミックの始まりにおける国際保健対応の起点に関することなので、ここに焦点を当てた報道がもっとあるべきだと思うのだが、まず見当たらない。こういう状況は、中国に有利に働くことになる。

笹沢教一『コロナとWHO』(集英社新書)
笹沢教一『コロナとWHO』(集英社新書)

よくよく考えてみれば、IHRの義務を果たさなかった中国が真っ向からの批判を逃れ、世界最大規模の感染拡大に手を焼くトランプ氏は八つ当たり的な中国・WHO攻撃でメディアや国際社会から批判されたうえ、自身も選挙戦のさなかに感染するという皮肉な展開となった。

12月31日にいち早く、武漢の肺炎流行の危険性を警告するメールをWHOに送ったとする台湾の主張も、真実性よりトランプ氏に同調した政治的な動きとして見られている側面があり、このことが今後どう影響するかはわからない。WHOはどうあがいても抜本的な大手術を国際社会から迫られるのは必至となった。

つまるところ、パンデミックの震源地であるはずの中国だけが圧倒的な報道量の奔流に助けられ、情報戦に勝利したのだ。

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