新型コロナウイルスのパンデミックはいつ、どのように始まったのか。読売新聞の笹沢教一主任研究員は「中国・武漢でのクラスターについてWHOが緊急事態対応に動いたのは2019年12月31日だ。実はその裏には、中国が国際保健規則の義務を果たさなかったという疑義がある」という――。

※本稿は、笹沢教一『コロナとWHO』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

中国の地図を覆うN95マスク
写真=iStock.com/Vershinin
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中国当局は「2019年12月8日から発症」と伝達

焦点の2019年12月末より前には、どのような状況だったのか。謎の肺炎はいつ頃から流行を始めていたのだろうか。

19年末より前の情報に関しては、当然ながらリアルタイムに公表されたものではないため、時間をさかのぼるほど不確定要素が増えてしまい、解像度が粗くなる。

それらのほとんどは、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」が宣言されてパンデミックの懸念が高まった2020年1月末以降、過去を検証していく形で明らかになったものだ。その分、後付けの都合のいい解釈や情報修正が加わる可能性もありうることを念頭に、慎重かつ冷静に見ていかなければならない。

ある程度公的な裏付けの取れた事実関係としては、WHOの20年1月12日付疾病流行情報の中に、武漢市内の新型コロナ感染者に関する記述がある。ここでは、中国当局から1月11、12日にWHO側に伝達された情報として、武漢での最初期の患者41人は「2019年12月8日から2020年1月2日にかけて発症した」と書いてある。

1月3日以降は、「国際保健規則(IHR)」の検証プロセスの催促を受け、中国はWHOなどに情報を伝えるようになった。これが中国側の公式発表ということになる。

北京や武漢の研究チームの論文では「12月1日」

一方で、年末時点の武漢衛健委による情況通報の中で27人とされた謎の肺炎の発症者数が、この段階では41人に増えた。1月に入ってからは、この41人が最初期の症例数としてよく扱われるようになる。今でこそコロナの感染者数は日々更新されるのが当たり前だが、流行のごく初期の段階には、人数の発表は不定期で、「最初期」というくくりで同じ数字が使い回されることもあった。

41人に関しては、別の情報が後になって発表される。

北京や武漢の病院の研究チームが20年1月24日付英医学誌ランセットに発表した論文には、「41人のうち一番先に特定された患者の発症日は12月1日だった」との記述がある。

ランセットは世界四大医学誌に数えられる有力誌だが、この論文は流行初期に発表された速報的な症例報告であるうえ、新型コロナに関する研究については、緊急的に即時の無償公開(オープン・アクセス)の措置が取られた状況もあった。1月30日に修正が行われたくらいで論文に特段の問題はないようだが、もろもろの状況を考慮すると、これだけで断定的に扱わない方がいい。