焼きそば屋を選んだ3つの理由

飲食店は新規参入が絶えない一方で、つぶれていく店も多い。「レッドオーシャン」として知られるこの業界において、黒田は勝つための条件を3つ考えていた。①競合店が少ない、②単品商売でコスト抑制が可能、③アルバイトにも作れる再現性の高さだ。

①はわかりやすい。ラーメンは日本人が大好きな料理だが、すでに競合の争いが激しい。焼きそばで思い浮かぶのは、屋台で売られている姿だろう。ご当地焼きそばがはやったこともあるが、有名店は多くない。つまりライバルが少ない。

②は原価率が高くなりがちな飲食店で、確実に利益を残すために重要だ。ソースを除くと、焼きそばを作るのに必要な食材は、麺、キャベツ、豚肉の3つしかない。効率的な運営でコストを管理することが可能だ。

③は出店を加速させ、大量に販売していくために必要な要素だ。長い経験のある職人にしか作れない味では意味がない。マニュアルがあれば誰でも作れることが重要で、焼きそばはその点でも要件を満たしていた。

東京焼き麺スタンド。覚えている方も少なくないだろう。「メレンゲの気持ち」、「news every.」(ともに日本テレビ系)など、多くのテレビ番組で取り上げられた。太麺に濃厚なソースが特徴だ。ナポリタンは、『dancyu』(プレジデント社)の編集長・植野広生さんが日本で五本の指に入ると絶賛したほどだ。

下北沢で開業した東京焼き麺スタンドは、19年には神保町に2店舗目を開店。同じく神保町にある焼きそばの老舗「みかさ」と張り合うほどの存在になった。1日の売り上げは100食を超えた。毎日、行列が絶えなかった。

コロナ禍で客は行列を避けるように…

状況を一変させたのは、新型コロナウイルスだ。

20年3月に入ると、多くの企業がテレワークに切り替え、都内の人通りが減っていった。ランチの売り上げは半減し、夜に外食する人はほとんどいなくなった。

売り上げの落ち込みを補うには、コストを下げるしかない。アルバイトを減らし、家賃の引き下げを要請したが、赤字から抜け出すことはできなかった。政府の休業支援金でどうにか息をつないでいるような状態だった。

緊急事態宣言下で黒田が気にしたのは、客の意識が変わりつつあることだった。焼きそばを食べたくても、客は行列に並んだり、密な店内に入るのを避けるようになった。増えたのはテイクアウトやウーバーイーツで、売り上げの半分以上を占めることもあった。

「嵐にしやがれ」(日本テレビ系)で紹介されたのは、同年7月のことだ。収録はもっと早くに終えていたが、緊急事態宣言下で飲食店の放送が自粛されていた。嵐司会のバラエティー番組で、反応がないはずがない。1日150食ほど出ることもあったが、黒田の顔色は晴れなかった。

「このまま同じ土俵で戦っていいのかって、考えるようになったんです。店をはじめたときから、ガラッと環境が変わっちゃったじゃないですか」