怒り、不安、悲しみ、恥、虚しさ。いずれも日常的な感情だが、発生している「苦しみ」の種類はそれぞれ違う。これらに共通するポイントとは、いったい何か。サイエンスライターの鈴木祐さんは「すべての状況は『あなたのニーズが満たされない状態』としてまとめられる。このような機能は人類特有と考えられている」という――。
※本稿は、鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
ほぼ寝たきりでも絶望しないチンパンジー
京都大学の霊長類研究所で暮らすチンパンジーのレオが半身不随の重体に陥ったのは、2006年のことです。
病名は脊髄炎。ほぼ寝たきりとなったレオのために、教員と学生によるつきっきりの介護が始まりました(※1)。
首から下を動かせないまま行動の自由を奪われ、寝床と身体の圧迫で血流が止まったせいで細胞が死に、全身を耐えがたい痛みが襲い続ける。たいていの人間ならば人生に絶望し、鬱病に襲われてもおかしくない状況です。
しかし、レオに絶望の様子はありませんでした。身体の痛みや空腹の辛さを訴えはするもののそれ以上の苦しみは表さず、ときに笑顔を浮かべる余裕すら見せたのだとか。
尿検査でもストレスホルモンは正常値を保ち、レオが半身不随の苦境をものともしなかった様子がうかがえます。
着実にリハビリをこなしたレオは1年で座れるようになり、3年後には歩行機能を取り戻しました。人間ならいつ絶望に飲み込まれてもおかしくない状況で、レオはどこまでも平常心を保ち続けたのです。
無論、このエピソードは動物が苦しみを持たないことを意味しません。「苦」の感情はあらゆる哺乳類に普遍的なものです。