社長が「人員カットはしない。全員で乗り越える!」と言えば、社内での人気はでるかもしれません。しかし、その会社に破壊的なイノベーションが取り入れられることはないでしょう(あるいは大幅に遅れます)。先の例で言えば、機械に任せるほうが生産的な仕事を人にやらせるのですから、当然、その企業の生産性は落ち、競争力は失われます。

国レベルで考えても同じです。イノベーションによって破壊される職務を行っている人に対する保護を厚くすればするほど、生産性の上昇は遅れます。

経営者がいくら「雇用を守る」と言ったとしても、高い収益性が見込める投資機会をしっかりと見つけて(あるいは「創り出して」という言い方のほうが正しいですが)、そこに投資をし、既存の人員の再配置をしていかなければ、それは、今いる(自分を含めた)生産性の低い人のために、将来の高い収益性を犠牲にする意思決定をしているのと同じです。プレスコットらがイノベーションを阻害するものと言っているのは、このことです。

歩行者通路を歩く通勤者
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日本は世界との競争に生き残れるか

抵抗の少なさがイノベーションにとって重要になるということを指摘していた研究はこれまでにもありました。例えば、ノースウエスタン大学の経済史学者ジョエル・モキアは、世界の産業革命(特にイギリス)を歴史的に分析して、新しい技術の導入に対する抵抗の少なさが重要な役割を担っていたことを発見しています。

ただし、これまでの研究はいわゆるケーススタディであり、経済成長が実際に達成されるプロセスを分析することで重要な要因を抽出しようとする帰納的なものでした。このような帰納的なケーススタディでは、実際にどのようなことが起こっていたのかはとても良くわかるのですが、そこで想定している原因と結果の因果関係が他の事例についても一般化できるのかはやや心もとなくなってしまいます。

一方で、理論的なモデルだけでは、本当に現実がそうなっているのかという疑問になかなか答えられないという弱みもあります。

そこでプレスコットらが用いたのが、「カリブレーション」と呼ばれる方法です。カリブレーションとは、日本語では「較正」とも呼ばれるもので、測定の結果の値を比較して、それぞれの測定が標準となる測定とどれだけズレているかを知り、そのズレを是正することを意味します。もともとは、例えば水位計や放射線量などの読みを正しく調整することとして使われてきました。