「責任者を出せ」と怒り出す中年男性たち

彼らの愚痴の言い合いは宴会の打ち合わせそっちのけで大いに盛りあがった。

私は50歳をすぎ、転職をして添乗員になった口であり、この仕事を死ぬまでやりたいかと問われれば答えに迷うが、そこまで嫌いな仕事ではない。ここでは黙って2人の話を聞いていた。

彼らは仕事はイヤだけれども、年齢も年齢なのでおいそれと転職などできない、今の仕事より待遇のよい職場があるとは限らない、と意気投合し、互いに慰めあっていた。最初は多少興味を持って聞いていたが、しまいにげんなりしてしまった。

しかし、2人の愚痴の背景には、サービス業界の厳しい現実がある。カスタマーハラスメントという言葉をご存じだろうか。サービス業の現場で、客がスタッフに理不尽な言葉を投げかけたり、行動をとったりして、困らせることである。現在、社会的な問題になりつつある。

ツアーでたびたび訪れる旅館がある。自然と宴会係の男性スタッフ・大槻と顔見知りになった。会えば世間話を交わすようになり、彼はこんな話をしてくれた。その旅館には宴会場に隣接して、個人客用の食事会場がある。

夕食時はとうにすぎ、ほとんどの客が食事を終えて、会場を後にしていた。そんな中、いつまでもチビチビと酒を呑んでいる2人組の中年男性がいた。夕食会場は翌朝、朝食会場へと衣替えをする。

翌日の朝食の準備もあり、片づけをしなければならないので、女性スタッフが食べ終えた皿を運ぼうとした。するとひとりが、まだ食事が終わってもいないのに片づけるのか、俺たちを追い出そうとしているのか、と怒り出した。そして、「責任者を出せ」と言う。

責任者の大槻が呼ばれ、対応に当たった。ひたすら謝り続ける大槻に、2人組は30分にもわたって怒鳴り続けたという。大槻は、そのときのダメージがまだ癒えておらず、またいつか同じようなトラブルが起こらないかとビクビクするようになったという。

典型的なカスタマーハラスメントであろう。

荒れた宴会をする「3つの職業」

それでも、私に苦労話をしているうちに心が多少軽くなったのであろうか。さらに大槻はおもしろい話を聞かせてくれた。宴会係には忌み嫌う3つの職業がある。理由は宴会が荒れに荒れるからだという。ベスト(ワースト?)スリーは、いずれも私たちの生活に密接に関係している、身近な職業ばかりである。

大槻曰く、1つ目は警察、2つ目は教師、3つ目が銀行員だそうだ。

予約してきたのがこの職業の人たちだとわかると、「嵐の宴会」を覚悟しなければならないという。いずれも安定していて、生活に不安を覚える必要などない職業ばかりである。要するに金銭的には恵まれた人たちである。

しかし、この職業を聞いて、私はハハーンと思ってしまった。というのもいずれも仮面をつけなければできない仕事だからである。もっとも仕事となれば、ほとんどの人が仮面をつけている。

人間音痴の私にしても、添乗業務のときには日常とは異なる顔をしている。だがベストスリーの職業は、自分を律する度合いがきわめて強い。そのために仮面も堅牢にならざるを得ない。アルコールによって堅牢な仮面から解き放たれると反動も大きくなるのではないか。

指を指して怒るビジネスマン
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです

その結果が、大槻が言うところの「嵐の宴会」なのである。添乗員は、人の素の顔を見る仕事だ。同じく、宴会場のスタッフは仮面の下の顔を見る仕事であり、そこには彼らならではの真理がある。