一覧表から例をあげると、ファン・アントニオ・サマランチIOC会長(当時)の項目には、「88-10/17~10/19(東京)」「ビデオカメラ・香炉・有田焼・法被」が送られ「市長」が対応した、とある。ほかにも「ハンドバック」「時計・浮世絵・スカーフ」など、7回にわたり物品を送ったことが記載されている。のべ91人の委員に対して、複数回にわたるお土産品が被らないように、いつどこで何を誰が渡したのかが、細かく記載されている。
一覧表(期間は88年6月~89年11月)のなかで、招致委員会が最もお土産を渡していたのは、スイスのマーク・ホドラー委員。回数は11回にわたり、カメラ、ビデオカメラのほか「青磁の壺」などが贈呈されており、同委員会は「計23万3400円に相当する」と試算している。
また、89年度の「長野冬季オリンピック招致委員会年度別予算(案)」には、IOC委員訪問時のお土産代として一人10万円、45人分の450万円が組まれていた。その他にも、「国際大会および国際会議での招致活動(国外)」では、一回につきIOC委員に渡すお土産を一人5万円としているほか、IOC委員に個別訪問した時には一人10万円のお土産を持参する方針を立てていた。報告書は、88~91年度までにIOC委員へのお土産代として約6304万円もの予算がついていたとまとめている。
後藤さんによると、当時判明した贈呈品の中身はごく一部だったという。
「本来IOC委員は過剰な贈呈品などを受け取るべきではない立場なのに、資料から、みんなにおだてたてまつられていたことがうかがえました。委員のために高級ワインの銘柄までチェックしたメモまでありました」
贈呈品だけでない。IOC委員は来日時、厚いおもてなしで迎えられていた。
多くのIOC委員は夫人同伴で来日していた。夫妻一組につき渡航費として平均約210万円、別途「国内関係費」として長野訪問だけで平均247万円が予算に組まれており、あわせると約450万円。長野を訪問した後に京都観光を案内するIOC委員夫妻には平均349万円の予算がついた。同委員会の調べによると、京都観光には数名が招待に応じ、「お茶屋での舞妓さんの踊り」などを堪能したとされる。