「ワクチン後」の世界に起こること
これまで新型コロナウイルスは、ワクチンの存在しない世界で感染を爆発的に拡大させてきた。ここで立ち止まって、少し考えてみてほしい。
ワクチンのない「これまで」と、ワクチンの存在する「これから」では、ウイルスの変異の仕方はどう変わるだろうか。
これまではウイルスに生じたほぼすべての変異が生き残ることができたに違いない。イギリス型のように感染力のより強い変異体は、より生き残りに長けていたので、あっと言う間に従来のものと置き換わってしまった。さて、ワクチン接種が始まったあとでは、どのような変異体が生き残りやすいだろうか。
ワクチンによって人が獲得した免疫に防御される変異体は、今後は容易には生き残れない。
ウイルスは常に変異し続けている。無数の変異のなかに1個でも免疫をかいくぐる仕組みを持った変異体は、ワクチンの抵抗性を獲得したウイルスとして、あっと言う間に地域にそして全国に拡散するだろう。大事なことは、ウイルスにそのような変異を起こす時間的なゆとりを与えるのは、限りなく危険な行為だということだ。
たとえば小さな離島のように、ある地域で一気に全員にワクチンを接種できるのは、進化生物学的に考えると理想である。ウイルスの感染源が消滅するため、ウイルスも消滅するしかない。しかし、地域の一部の人たちにワクチンを接種して、徐々にその地域の人間集団全体に接種を広げていく手法が、とても時間のかかるものであった場合……その結末は想像に難くない。
ハエやヒアリの根絶でも同じなのだが、被害(感染)の激しいところを集中的に叩きつつ(「封じ込め」)、そこへの「移動規制」をどう徹底していくかが肝要なのだ。
反撃を許す時間を与えることは、変異を許す時間を与えること
突然変異はランダムに、しかも非常に早い速度で黙々とウイルスに生じている。
たいていの変異は、抵抗性とは関係のない小さな変異であるのは確かだろう。けれども、ランダムに生じるのだから、ワクチン抵抗性に関連した部位に変異が生じる可能性も否定できない。
進化の目はその突然変異を見逃すはずがなく、そして瞬く間に抵抗性を持った変異体が蔓延する恐れがある。敵に反撃を許す時間を与えることは、抵抗性の変異を許す時間を与えることになる。
2021年3月8日、南アフリカ型の変異体の性質が従来のワクチンによる予防効果を脅かすという研究結果がNature誌に公表された(*6)。この結果は別の研究チームによっても支持されている(*7)。
ウイルスは絶えず変異している。進化生物学的に考えると、ワクチン抵抗性を持ったウイルスはいつ現れてもおかしくない。
いったんそれが現れると、ワクチン接種というウイルスに対しての選択圧から逃れたその変異体は、一気に世に蔓延するだろう。そして製薬会社と抵抗性ウイルスとの「鼬ごっこ」が始まり、私たちはまた一からすべてのことをやり直さなくてはならない。
■参考文献
*1 Benedict MQ 2021. J Med Entomol, doi:10.1093/jme/tjab024
*2 Knipling EF 1959. Science 130, 902-904
*3 Koyama J et al. 2004. Annu Rev Entomol 49, 331-349
*4 Hibino Y, Iwahashi O 1991. Appl Entomol Zool 26, 265-270
*5 氏家 誠 2020. 化学 75, 43-47
*6 Wang P et al. 2021. Nature, doi.org/10.1038/s41586-021-03398-2
*7 Planas D et al. 2021. Nature Medicine, doi.org/10.1038/s41591-021-01318-5