※本稿は、水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
本当に「右肩上がりの成長」を続けなければならないのか
【水野】日本人の〈右肩上がり〉成長に対するほとんど狂信的なまでの執着は、かなり強固なものです。特に今、企業のトップに就いている方々の多くは、経済がまさに〈右肩上がり〉に成長した時代を駆け抜けていますからね。こうした成長教信者の昭和世代の人にとってみれば、若い層が「〈サステナブル〉な社会を」とか言ってもいまいちピンと来ないのも理解できます。
でも、ここで立ち止まって考えてみましょうよ。そもそもなぜ、私たち日本人は〈右肩上がり〉に経済を成長させ続けなくてはならないと、信じこんでしまったのかを。
端的にいえば、「化石燃料を遠い他国から大量に買い付けなくてはならないから」なんです。それは、「毎年、貿易黒字を出し続ける」ことでようやく可能になることだからです。
例えば、日本はここ30年ほど、多い年は1300万台、2019年には約970万台もの自動車を生産しています。しかし、このうち日本国内で消費されるのは5割程度。残りの半分はすべて海外に輸出されています。
2020年の貿易統計では、日本の輸出額はおよそ68兆円ですが、そのうちの14兆円分が輸送用機器輸出です。しかも輸出先のトップは北米で、約31%を占めている。
【古川】国内市場が縮小しているので、外国に自動車を買ってもらわなくてはならない日本の事情が表れていますね。そんな「一本足打法」のリスクも、今回コロナで大きな課題になりました。世界的な不況に陥ると、日本製の自動車に対する需要も激減して、日本経済は大きな打撃を受けます。
自由時間がないと、精神力が鍛えられない
【水野】リーマン・ショック以前は、電気機械産業と自動車産業がドルを稼いでいたんですが、リーマン・ショックで電気機械産業はドルを稼げなくなりました。したがって、今まで以上に日本は自動車産業に頼らざるを得なくなってしまった。とはいえ一番の問題は、貿易黒字にこだわり続けなくてはならない日本のエネルギー事情です。
日本はここ数十年間、海外から化石燃料を大量に買い付け、国内では原子力発電でエネルギーをまかなってきました。でも、そのどちらもかなりの犠牲やリスクを伴います。貿易黒字を出すために、日本中が必死に働き続けなくてはならない犠牲、そしてこの地震大国日本で、全国に原発施設を維持し続けなくてはいけないリスクです。
貿易・経常黒字は投資の概念に入ります。生産物は消費されるか投資されるかの二つしかありませんので、戦後からずっと消費を我慢して投資をしてきました。その結果、年間労働時間が減らないのです。自由時間が増えないので、文化・芸術を楽しんで五感を鍛えることなどできません。五感を鍛えないと、危機に直面した緊急時に肝心な精神力が生まれてこないのです。