イギリスの科学者グループが出した「最悪シナリオ」

3月の時点で、これは興味深いと思ったのは、イギリスでした。僕たちが文科省へ行って議論していたのとほぼ同じ時期に、イギリスでは首相が科学者グループに依頼を出し、シミュレーションをさせていたんです。イギリス政府首席科学顧問のジョン・ベディントン卿という教授が当時、科学者の助言グループを統括していたようです。彼らは「東京にいる英国人は避難させる必要はない」という結論を出し、それを当時のキャメロン首相に伝えています。

新聞報道で知ったことですが、彼らの見積もりは完全にワーストシナリオです。それも、僕が当時素人ながらに考えていた想定をはるかに上回るワーストシナリオで計算していました。

「福島の一つの原子炉で放射性物質の大規模な放出が起きた場合に、東京で48時間のうちに浴びる恐れがある放射線の量は2〜3ミリシーベルト程度になると見積もられた。仮に極端に悪い事態を想定し、3つの原子炉と1つの使用済み核燃料プールが壊れ、そこから出た放射性物質が首都圏に向けて風で流れ続けたとしても、15〜30ミリシーベルト程度にとどまると判断した。ほとんどありそうもない事態を想定した過大な見積もりだ」(日経新聞電子版2011年6月7日付)と報じられているように、これは僕が計算してもありえないだろうというほどの想定です。でも、過大なのが悪いかといえば、そうではない。

世界地図の中の日本
写真=iStock.com/omersukrugoksu
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危機時のコミュニケーションで大切なこと

その上で、「最悪の事態を想定しても避難は必要ない」と言っている。これは、危機時のコミュニケーションとしてはとても大切だと思いました。こういうことは、あとで交流を持つことになった科学技術コミュニケーション論の学者たちの専門領域なのですが、僕が素朴に思ったことは、「みんな危機の時には、ざっくりとでもいいので最悪想定を知りたがる」ということです。

その際に大事なのは、数字だけが一人歩きしないように、計算の方法とシミュレーションの内容を大まかに公表して、厳密でなくても「15〜30ミリシーベルト」みたいな形で幅を持たせながら、公開していくということです。

日本の場合は、情報公開も、最悪想定に基づくコミュニケーションも遅れてしまったために、さきほど紹介した地図の事例のように、たくさんの一般の人たちが自分で測ったデータが集まることによって、ある種の科学コミュニケーションが進んでいったという側面があったと思います。