気候のシミュレーションは早い段階でできたはず

議論は「ワーストケースの場合、どんなことが想定されるでしょうか」から始まり、僕が「副大臣はSPEEDI(スピーディ:緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム。原発事故によって放出される放射性物質の量や広がりを気象や地形などから予測するシステム)のデータを見ていますか」と聞いたところ、彼は見ていませんでした。

僕は事故後にSPEEDIの存在を知り、その予測を知りたいと思っていたので、なぜデータを見ていないのでしょうか、と重ねて尋ね、もしあるのだったら早く公表したほうがいいのではないかと話をしました。

事故直後は、汚染がどこまで広がるのか、そして現に広がっているのかが分かっていないことが問題でした。SPEEDI以外でも、どこが汚染されているのか、それはいつどれだけ出たと推定されるのか、そこが汚染されているのなら理論的にどこも汚染されている可能性があるのか、ということを推定するための気候のシミュレーションは、早い段階でできたはずだったと思います。

これは気象学の専門家の領域で、その分野の専門家ならば計算できるに違いない、ということまでは科学者として分かるわけです。実際、だいぶ後になりましたが、JAEA(日本原子力研究開発機構)の方々が、最終的にソースターム(原発事故によって放出されるおそれのある放射性物質の種類や量)を推定するということをやりました。

若いポスドク研究者とツイートでつながり、論文を発表

でも、事故直後はそうしたシミュレーションがまだなかった。そこで、「シミュレーションができないものか」とツイートしたところ、当時アメリカにいた若いポスドクの研究者とつながり、日本で公表されている地面の汚染データから、まだデータがない場所まで含めて「どの範囲でどのくらい汚染された可能性があるか」をシミュレーションしてくれたので、一緒に論文にして発表しました。

ひらいた本の上の虫眼鏡
写真=iStock.com/bernie_photo
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僕も共著者になったその論文は、2011年のうちにアメリカの「PNAS」(全米科学アカデミー紀要)という影響力の高い科学誌に掲載されています。この時予測した値は、のちに航空機モニタリングで実際に計測された値と比べると、原発から遠いところほど実測より高くなっていたのですが、この英語の論文を当時、韓国のメディアが読んでいて、韓国では「日本は全国的に汚染されているらしい」と報道されてしまったという後日談もありました。

このことを知ったのはだいぶ後になってからで、2019年に韓国の新聞のインタビューを受けた際に「いまは実測値が出ていて、論文の予測より低かったことが分かっているので、実測データを見てください」と、ようやく情報を正すことができました。ともあれ、まだ全国的な実測データがなかった当時、科学的な手法で計算されたシミュレーションを早い段階で出せたことには、ひとつ意味があったと思っています。