アルバイト歴5年、社員3年目、35歳の「元お笑い芸人」

ところで中には“芸人の道”をすっぱり諦め、同社社員になった人もいる。その一人が平出勝哉さんだ。平出さんは芸人下積みの合間に、同社でアルバイトとしてこの仕事を始めた。アルバイト歴5年、社員3年目で、現在35歳。

アルバイト歴5年、社員3年目、35歳の「元お笑い芸人」の平出勝哉さん
アルバイト歴5年、社員3年目、35歳の「元お笑い芸人」の平出勝哉さん(撮影=笹井恵里子)

なぜ芸人の道を断念したのか、と平出さんに尋ねた。

「奥さんと結婚しようと思ったのが大きいですね。彼女も早く(芸人を)辞めてほしいと言っていたし、身内で応援している人も誰もいなかったし……」と苦笑いする。

平出さんは、前出の事業部長である石見さんに「社員になれませんか」と相談して、アルバイトから社員になった。

「30歳すぎて何もしていない人が就職するのって難しいと思うので、石見さんには頭があがらないです」

“何もしていない人”という平出さんの言い方にひねくれたところはなく、惨めさもなかった。むしろ本当に“お笑い”の世界しか見てこなかったのだという純粋さを感じた。そもそもなぜ芸人になりたかったのだろう?

芸人に戻る気はないが「ほかのみんなには売れてほしい」

「うーん、ずっと夢というか、憧れだったんですよね。僕の両親は離婚していて、月に一回親父と会う時に“お笑い”を見せてくれて、それがいつも楽しみでした。20代前半は靴屋で働いていたんですけど、そこの店にはめちゃくちゃ靴好きな人しか集まらないんですよ。給料の半分くらい靴代に費やすぐらいの靴好き。自分はそんなに靴が好きじゃねぇな、と気づきました。じゃあ何が好きなんだろって考えた時、頭に浮かんだのが“お笑い”だったんです」

靴屋を辞め、芸人養成スクールに入学し、その後は事務所に所属して下積みを続けながら、アルバイトをしていた。それほどのまでの思いなら、社員になってから、芸人に戻りたいと思ったことはないだろうか。

「それはないです」と、平出さんはきっぱり否定する。そして「でも、ほかのみんなには売れてほしいと思っている」と続ける。

「『汚れている現場のほうがやりがいがある、へこたれたら負けだ』と自分に言い聞かせています。何より、やれば確実にきれいになるというのがうれしい」

芸人の場合、努力が不毛に終わることが多いのだ。