都合の悪いことをあえて言ってくれる側近がいない

コロナ対策や経済政策などの観点も重要だが、私の見るところ、トランプが票を減らした最大の理由は、警察官が黒人を射殺した事件への対応に見られる人種差別に寛容ともとられかねない姿勢と、それにまつわる国内の分断をもたらしたことだと考えている。

私は、1991~94年にアメリカでもっとも保守的な州と言われるカンザスに留学した。この地域での人種差別は控えめに言ってもひどいものがあった。娘はナーサリースクール(幼児のための教育施設)で一人だけ手をつないでもらえなかったこともある。言葉がうまくない私は、発音が悪いために通じない英語を使うと明らかにバカにした態度を取られた。

ただし、建前はあくまで人種差別厳禁だった。職場でも差別は厳禁だったし、インテリ黒人の心理学者やケースワーカーも多数在職していた。

留学先の精神病院は、精神分析を入院治療に応用するという先進的な治療を行うことで全米ランキングのトップに位置する病院だった。そのため、全米から富裕層の患者がやってくる。

すると、不思議なことが起こる。

精神分析の治療場面では、患者に心に浮かんだことを包み隠さず話してもらうことが基本原則だ。差別的なことでも、卑猥なことでも、正直に気持ちを話してもらう。すると、ルールとしては人種差別厳禁の病院なのに、本音としての人種差別発言をしょっちゅう聞く羽目になる。

そういうこともあってアメリカの人種差別は根深いと感じずにはいられなかった。

前回のトランプ当選の際には、日本のジャーナリストたちは西海岸と東海岸以外のことにやや疎い面があり、ヒラリーの当選を予想していた。だが、そういう体験から私は、本音では差別的なアメリカ人が世論調査に載らない形でのトランプ支持層はかなり多いのではないかと予感していた。悪い予感だが見事に的中した。当選後に「隠れトランプ」と呼ばれた現象だ。

そのため、トランプは本音でのアメリカ人の黒人差別心理を今回も読んで、各地で起こった射殺事件などに緩く対応したのだろう。だが、それが裏目に出た。

大事な「情報」が一切上がってこなくなる

私が言いたいのは、菅首相にしても、トランプにしても、自分に都合の悪いことをあえて言ってくれる人物や、大衆心理に熟知したアドバイザーがいないのではないかということだ。

話す・聞く
写真=iStock.com/Pavlo Stavnichuk
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トランプが政府高官を次々と更迭し、自分の熱烈な支持者で側近を固めたことはよく知られている。菅首相も、官房長官として安倍前首相を支え続けたわけだが、内閣人事局を通じてかなり強権的な対応を取り続けていた。やはりイエスマンのような人ばかりが周りに集まっていたように思えてならない。

その結果、どうなるか。大事な「情報」が上がってこなくなるのだ。