目的や狙いを持って物を見る大切さ
「どうして、そうなるかと言いますと、10円玉の目的は物を買うことですよね。コーヒーを買ったり、ジュースを買ったり……。表裏の絵を描くために10円玉を見ている人はほとんどいないんです。
私が言いたいことは目的や狙いを持って物を見なければ、見ることは難しいということ。先遣隊は被災した工場へ行きます。現場に行って、どこが壊れているのか、壊れているのはそこだけなのか、目的、狙いをきちんとしてから行く。プロの目を持って見なくては行く意味はないよと部下には言ってます」
先遣隊の役目は問題を見つけて、解決策もつけて対策会議に提議することだ。だが、それにはプロの目が必要であり、プロの目を養うには目的をはっきりさせることだ。
なぜパソコンではなく白板を使うのか
先遣隊を出した後、もうひとつやることがある。
対策本部は壁に貼った大きな地図の上に問題点を書いた情報をぺたぺたと貼っていく。阪神大震災以来、調達部門が作ったサプライチェーンマップを参考にして、部品供給が途切れた、あるいは途切れそうな会社に情報を貼り付ける。書いてあるのは会社名、会社概要、製品名といったところだ。
地図を見ていれば、誰に説明されなくとも、ある会社のある部品が途切れたことがわかる。そして、貼り付けてあった情報を見た各担当はすぐに手当てをする。対象の会社と話し合い、代替するところへ発注する、あるいはすぐに支援隊を送る。そうして、解決したら、今度は白板に結果を書く。
「何月何日にラインは復旧した」あるいは「代替部品をA社に発注した」「支援部隊を何月何日に出した」などと書いていく。
解決情報を書くのはあくまで白板だ。パソコンは記録をまとめるだけに使う。パソコンに経過や解決策を記載していったら膨大な記述になってしまい、スクロールしないと読めなくなる。
白板であれば解決して時間が経ったものはどんどん消していけばいいので、ひと目で「その瞬間」の状況が理解できる。
壁管理と白板の活用はトヨタの危機管理の特徴だ。
役員向けの報告書も書かない
もうひとつ、大きな特徴がある。トヨタは大部屋で進んでいる危機管理、対応についてはいちいち報告書を作成して、役員に上げたりはしない。
理由は簡単だ。
「危機対応は一刻一秒を争う。担当者は問題を解決することに集中する」
社長はもちろん全役員は危機対応が知りたくなったら、自ら大部屋へ行き、壁管理と白板を見る。わからないところは担当者に聞く。
この原則が決まったのは豊田章男が社長になった2009年以降のことだ。豊田が「役員が担当に報告書を書かせるのではなく、役員から担当のところに行け。トップが現場に降りていくのが、本当のトップダウンだ」と言ったからである。
大きな特徴ではあるけれど、この原則を真似できる会社は稀だろう。経営者にリーダーシップがあり、かつ、会社が若くなければこの原則を徹底させることはできない。真似できる会社があれば立派だ。
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。