協力工場の人間は当事者ではあるけれど、危機管理のプロではない。支援物資の種類や支援隊のメンバー構成までは見積もることはできないのである。被災現場に慣れているプロの目で見ないとその点はわからない。
先遣隊とプロの目の重要性については生産調査部長を担当するTPS副本部長の尾上恭吾も「その通りです」と語る。
問題がないという考え方がいちばんの問題だ
「危機管理は問題を解決することだけではなく、現地へ行った先遣隊、支援部隊があらたな問題を見つけなくてはならないのです」
尾上はそこを強調する。
「被災した現地へ行って問題を解決して、それで終わりではないんです。われわれ自身が危機を通して、危機に対応する能力をつねにブラッシュアップしていかなくてはいけません。絶えず問題をみつけてこなくてはならないのです」
トヨタ生産方式を体系化した大野耐一は現場の改善に力を尽くしたが、つねに問題を見つけることを自らに課していた。
大野は生産現場、つまり工場へ行くと、必ず組長(現場の管理職)に、「今日はどうだ」と訊ねることにしていた。
組長はラインが止まったわけでもなかったので、正直に「問題ありません」と答えたところ、大野はカミナリを落とした。
「そんなはずはない。いつでもどこでも問題はある。問題がないと言ったお前の考え方がいちばんの問題だ」
トヨタの対策会議でも参加者が提議するのは解決した自慢話ではなく、「問題」だ。
先遣隊の役目で大切なことは現地の協力工場の人間が見過ごした問題点を見つけてくることであり、それを対策会議に報告することだ。対策会議はあらたな問題を聞いて、また解決策を考える。
10円玉の絵、正確に描けますか?
尾上は「目的と当事者意識を持って現場を見つめることです」と言った。
「『見える化』という言葉があります。『見える化』することは目的ではありません。見える化とは、問題を見えるようにすることです。問題が見えたら、はじめて解決できる。そうして、解決した結果、生産性が上がる、あるいは品質が向上することが目的です。
私は講演や勉強会で話をすることがあります。
――今から1分間で10円玉の絵を描いてみてください。
すると、ほとんどの方は丸を描いて10と書く。でも、表裏を描いてくださいねと言ったとたん、裏側をうまく描く人はほとんど出てこないんです。10円玉の裏側には宇治の平等院鳳凰堂が描いてあるのですが、憶えている人はほぼいない。また、表側の10の下には平成25年などと書いてあるのですが、数字が漢数字なのか、アラビア数字だったか迷う人がいます。10円玉は毎日のように見ているものです。しかし、正確に描ける人って、とても少ないんです」