ある夜、店にいらした黒岩重吾先生(79歳没)がその日に限って「梶山くんに会いたい」とおっしゃるのです。私が馴染みの店に電話をすると、間もなく梶山先生が店に来て、朝の4時まで黒岩先生とお飲みになったんです。その次の日です。梶山先生が取材のために訪れた香港で倒れ、その4日後にお亡くなりになりました。次の日香港まで行くのなら、なにも朝の4時まで付き合う必要なんてないのに。楽しくお酒を飲まれる方でしたが、死因は食道静脈瘤破裂と肝硬変だったので、お酒の量は並大抵のものではなかったのでしょう。

黒岩先生は男らしく色気もあって、惚れてしまう女の子が絶えませんでした。ある日、先生は店にいる私に電話をかけてきて、「プリンスホテルにいるからちょっと俺のところに来い」と言われました。ホテルに着くと部屋まで連れていくものですから、ドキッとしてしまいました。もう長い付き合いですから、いまさら困るわ、なんて想像してしまいまして……(笑)。

しかし部屋に入ると、ドギマギしている私にいきなりポンと大金を渡してきたのです。そして、「おかみ、半年分のツケだ」とさらっと言ってしまうのです。私の胸のトキメキはなんだったのでしょう。やっぱり艶っぽく粋な殿方は長生きをされますね。

アントニオ猪木監禁とホステス逆さ吊り事件

あと1人、今回のお話ではどうしても忘れられない方がいます。松下幸之助さんが店にいらしたとき、別の席に東映の方たちと一緒に異様な存在感を持った人がいらっしゃったんです。松下さんが「あの方はどういった方ですか?」と聞かれるので、私は「ギャングスターかなにかかしら」と。それが『巨人の星』『あしたのジョー』の原作者であり、「からみ酒」の骨頂でもある梶原一騎先生(50歳没)だったのです。

「クラブ 数寄屋橋」だけでは怒らない梶原一騎は、銀座の七不思議と言われた。
「クラブ 数寄屋橋」だけでは怒らない梶原一騎は、銀座の七不思議と言われた。

権利料の件でもめて起きた「アントニオ猪木監禁事件」や、赤坂のクラブホステスを店内で縛りあげた「ホステス逆さ吊り事件」の印象が世間では強いですが、頭に包帯をグルグル巻きにして「こんな格好で来られるのは静香の店しかないんだよ~」と毎夜いらした姿が目に焼き付いています。

しかし、先生が店に連れてきた女の子にはひどくからむこともありました。

やっぱりお酒というものは、飲む相手によって良い酒になるか悪い酒になるかが決まります。あまりにもその娘が気の毒に思い、帰しました。それが原因で、いちど先生ともめたのです。私の父の言葉に、「喧嘩するときは両目で見ると圧倒されるから片目を睨め」というものがあります。先生の片目をひとしきりじっと睨んでいると、先生から「静香、ジョーク、ジョーク」といつもの先生に戻ったのですよ(笑)。

私が先生に対して好意を持てたのはなぜだと思いますか? それは私が先生の良い部分をナチュラルに見ていたからなんです。相手によって自分を変えていては、疲れてしまうのは当然。常に自然体でいられるようになれば、嫌な酒もみんな楽しい酒になると思うんです。この言葉、梶原先生にも言ってやりたかったわ(笑)。