「遅れなんだら、わしも危なかった」

私が『マンスリーよしもと』の取材で正之助会長に聞いたところによれば、山口登組長が襲われた現場には、正之助も行く予定になっていたのだという。

「用事があって30分遅れたんや。そのあいだに二代目が刺されて、その傷がもとで亡くなってしまうねん。遅れなんだら、わしも危なかった」

竹中功『吉本興業史』(角川新書)
竹中功『吉本興業史』(角川新書)

私がその話を聞いたときには、当時の詳しいいきさつを知らなかったので、つい“ほんまですかあ?”と聞きたくなった。もちろんそうは言えず、「そうだったんですか」と頷き、心の中で疑っていた。

あとからこのときの状況を知って、驚いた。正之助がその現場に居合わせた可能性があったかはともかく、虎造をめぐる山口組と籠寅組の諍いから山口登組長が襲われたのは、間違いない事実だと知ったからだ。

その傷がもとで山口登組長が亡くなったということは、複数の文献に記されている。いわば史実だ。その揉めごとの端緒はせいの依頼にあったのだから、申し訳ないような怖いような話である。

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