新興国の通貨安を促した資源安や政治不安

コロナ禍のもとで新興国通貨が下落した背景には、何よりも世界経済の悪化がある。さらに世界経済の悪化を受けて、商品市況も悪化が顕著となっている。とりわけ原油に関しては、ロシアとサウジアラビアといった産油国間で繰り広げられている不当廉売(ダンピング)合戦が、価格の下落に拍車をかけている。

さらに注目されるのが、新興国の政治不安だ。端的なケースと言えるブラジルでは、新型コロナウイルス対策を巡って経済活動を優先したいジャイール・ボルソナーロ大統領と感染拡大の抑制を重視する州知事らが激しく対立しており、そのことが通貨安を促している。その結果、通貨レアルの対ドル相場は年初来で30%近くも下落した。

南アフリカの通貨ランドの対ドル相場も、国営電力会社エスコムの経営不振やその背景にある政治不安などを反映するかたちで、年初来で20%以上下落した。トルコのリラやロシアのルーブル、アルゼンチンのペソなども、それぞれ各国の政治不安や権威主義的な政権による経済運営への不信感を反映して、通貨安が定着している。

一般的に、新興国の医療供給体制は先進国に比べると不十分である。さらに南半球にあるいくつかの新興国、例えば南アフリカなどは、これから冬を迎える。そのため、新型コロナウイルスの感染拡大の収束が遅れて経済活動の正常化も進まないと予想される。これらの要因もまた、新興国の通貨安を促す要因となっている。

史上最安値を更新したトルコリラに注目

このように新興国の通貨が不安定な地合いとなるなかで、2018年8月に通貨危機に陥り、グローバルな新興国の通貨不安の起点となったトルコの通貨リラの動きを注視したい。トルコ中銀による恒常的な為替介入にもかかわらず、リラの対ドル相場は5月7日の相場で一時1ドル7リラ台前半まで売り込まれ、通貨危機後の最安値を更新した。

現代トルコの創始者ムスタファ・ケマル・アタチュルクの絵が描かれたトルコリラ紙幣=2018年8月15日
写真=dpa/時事通信フォト
現代トルコの創始者ムスタファ・ケマル・アタチュルクの絵が描かれたトルコリラ紙幣=2018年8月15日

トルコの場合、企業や政府が多額の対外債務(大半が米ドル建て債務)を抱えている。つまり借金の返済を米ドルで払わなければならないため、リラが下落すれば、その分だけ企業や政府の返済の負担が増すことになる。このことは同時に、債権者(主に主要国の金融機関や事業法人)の損失リスクが高まることを意味している

苦境に立つトルコ政府は、国際通貨基金(IMF)に支援を要請するのではなく、日本を含めた主要国との間で通貨スワップ協定を結ぶことで通貨の安定を図ろうとしているようだ。金融市場が依然として不安定な環境の下で、主要国がトルコ発の通貨危機の波が新興国を襲う展開を回避したいと判断するかどうかが、スワップ協定の成否のカギを握る。

とはいえ、トルコ中銀が利下げ志向の強いエルドアン政権に配慮する金融政策運営を改めない限り、リラ安が根本的に止まることはないだろう。トルコの足元の政策金利の水準(4月末で8.75%)は消費者物価上昇率(4月が10.9%)を下回り、両者を差し引いた実質金利はマイナス圏にあるなど、本来なら異様な状況である。

恒常的な為替介入で外貨準備高も減少しており、また取引に厚みがないため、リラ相場は多少の売買の流れの変化で変化しやすくなっている。トルコ中銀は5月21日に次回の金融政策決定会合を予定しているが、その際にも中銀が大幅な追加利下げを実施するようなら、リラ相場が底割れしてグローバルな新興国の通貨不安の起点となるかもしれない。