涙を流す演技までは要求していなかった

犯人役の小泉一十三が演じる女性には、体の不自由な弟がいる。施設で暮らしているのだが、この施設では20歳になると、出ていかなければならない規則があった。そうなると、彼女が引き取るか、それとも高い費用がかかるほかの施設へ移すか、どちらかにしなければならない。彼女が選んだ道は、高い施設への移転だ。

彼女はその費用を捻出するために殺人を犯した。それを感じ取ったマカロニは、施設へ行き、係員にやるせない思いをぶつける。

「なぜ20歳になったといって、追い出されなければならないんだ」

その係員を演じた松田優作が、心ならずもマカロニに断らなければいけないというシーンだ。そこで、冒頭のセリフが出てくる。優作は、涙を流しながら叫んだ。

脚本家も監督も、涙まで要求はしていない。だが、優作は泣きながらセリフを言った。迫真の演技だった。

「岡田さん、すごい役者がいたよ!」

優作はなぜ、涙を流したのか――。

察するに、さまざまな感情が入り乱れていたのではないかと思う。これで「太陽にほえろ!」に出られるかもしれないという興奮状態にあったのかもしれないし、彼自身の中に、規則に対する抵抗感があったのかもしれない。だから、あそこで思わず涙を流したに違いない。新人にしては、度肝を抜かれるような演技をした。今でもそのシーンのことは覚えている。

後日、撮影フィルムを編集した神島帰美さんが興奮して、私にこう言ってきた。

「岡田さん、すごい役者がいたよ!」

彼女は、さらに言葉を継いだ。

「あれ、ショーケンの後にいいんじゃないですか」

この時、優作の起用は成功すると確信した。ショーケンとは話していないが、彼も内心では感じていたのではないだろうか。

「俺の次は、こいつかな」と――。

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