「この男を逃したくない、他局にとられたくない」

稽古場に行くと、ちょうどパントマイムの授業が行われていた。まん中にベンチが一つ。そこで「女の子を口説く」というパントマイムだ。

30人ほどの生徒がいて、代わり番こにその芝居を演じていく。ほとんどの連中はみんなが見ているので恥ずかしいのか、本気で演じ切れない。恋人役の女優の手さえ握れないでいる。

ところが、優作はまったく違っていた。本気で演じるのだ。女優に肉薄していったかと思うと、ついには抱きついてしまう。

(こいつは、真剣に役者になろうとしているぞ!)

体当たりで立ち向かっていく度胸の良さは、まさしく役者に向いている。しかも、瞬発力がある。行動力もありそうだ。即座に気に入った。この男は逃したくない、と思った。ほかの局に取られたくない、とも。

だが、次の青春もののドラマ枠は、松竹制作で「おこれ!男だ」(1973)が森田健作と石橋正次の主演で話が進んでいた。となると、先生役で優作を使うにしても、その後になってしまう。これだけの逸材だ。いつ、どこかの局が目をつけないとも限らない。

そんな時、ショーケンが「太陽にほえろ!」をやめたいと言ってきたのだ。

「よし、それなら『太陽にほえろ!』で使ってみよう!」

思い切って決断した。

そして、すぐにテストとして「太陽にほえろ!」での出演シーンを作った。それが第35話「愛するものの叫び」である。

この題名の“叫び”は、ショーケン演じるマカロニ刑事の叫びを指していたのだが、係員を演じた松田優作自身の叫びでもあったのであろう。

そのシーンを少しだけ振り返ってみよう。

テスト起用で圧巻の芝居を披露

「規則だから預かれないんですよ!」

涙ながらに、マカロニにこう訴えた男こそ、新人の松田優作である。これは、新人刑事役になる役者のテストとして行ったキャスティングだったが、優作は全身全霊で熱演した。これで安心してショーケンの後を任せられる。

この時の優作の芝居が、とにかく圧巻だった。絶賛に値する、と言ってもいいだろう。