「本当にいいんです、たいちゃんさえ戻って来てくれたら」

被害のほうはどうだったんですか、とつい尋ねた私に山崎さんは大声で言いました。

「盗られたものなんて構いません。でも、“たいちゃん”だけがいないんです。どこを探してもいません。本当にいいんです、たいちゃんさえ戻って来てくれたら……」

その言葉に、私は「はい、すぐ行きます」と答えていました。そう言いながらも、手元で手帳を確認します。やっぱり、捜索に行くなら明日一日しかない。

じつはちょうどその頃、私の仕事がメディアに取りあげられて、依頼の電話が鳴りやまなくなっていました。明後日からは、すでに約束をしている別の現場に行かなければなりません。

しかしネコに限らず、いなくなったペットの捜索は一日でも早く取りかかるのがいいのです。発見率は探し始めるのが早ければ早いほど上がります。迷わず私は、この年最初となる捜索の準備にかかりました。

セコムをかけ忘れて貴金属はすべてとられた

山崎さんに電話で聞いた住所は、名古屋でも知られた高級住宅街の中でした。そして翌朝、着いたところはお城のように巨大な邸宅だったのです。とにかく豪奢な建物で門構えも立派です。

出迎えてくれた奥さんの顔には、心配そうな表情が浮かんでいました。と同時に、いかにも愛情あふれる女性ということが見て取れます。いなくなったネコへの愛情の強さが、電話でのパニックとなって表れていたのでしょう。

奥さんにすぐさま、当日の状況を詳しく教えてもらいました。

「温泉旅行へ出かけている間は、近所に住む私の姉にネコの世話を頼んでいました。ただ元日の夕方、姉が帰るときにセコムの警報装置をセットするのを忘れたようなのです。そのスキに空き巣が入りました。警察は計画的に狙われていたんでしょうと言っています。

そして姉が翌日戻ったときには、大変なことになっていました。裏側の玄関の横にある窓ガラスが割られ、家の中はすみずみまで荒らされていたのです。貴金属やお金はすべて取られてしまいました。でも、そんなことはいいんです。

うちでは6匹のネコを飼っていますが、そのうち1匹が見つかりません。たいちゃんです。窓ガラスの割れたすき間から出て行ってしまったらしいのです」

人間で言うと100歳くらいのおばあちゃん猫

連絡を受けた山崎さん夫婦は急遽きゅうきょ、温泉宿を引き上げ、真夜中に降りしきる雪の中、車を飛ばして帰宅したそうです。すぐさま近所をあちこち探したけれど、どうにも姿がない。それで奥さんが私に電話してきたというわけです。

ネコをさがすペット探偵の藤原博史氏

私が訪ねたのは空き巣被害から3日後でした。すでに警察の現場検証は終わっており、足跡などからみると、押し入った空き巣は3人ほどだったとのこと。割られた窓ガラスには段ボールが張り付けられていました。