「そのネコを見ましたよ」
「そのネコを見ましたよ」
思いがけず山崎さん宅に連絡が入ったのは、その日の19時頃でした。すっかり暗くなり、冷え込みも厳しさを増しています。
その電話があったとき、私は数軒先のお宅の玄関先に立つ警備員さんに聞き込みをしている最中でした。そこに奥さんから電話が入ったのです。
「藤原さーん、たいちゃん、たいちゃんがー? ※☆△◎」
後半は何を言っているのかまったくわかりません。
「ちょっと、私、戻りますね」
何か動きがあったに違いありません。ご自宅に向かって走ると、近付くにつれ奥さんが携帯に向かって叫んでいる姿が見えてきました。
「もしもしどこ、そこはどこなの? ああ藤原さん、たいちゃんを見かけた人と電話で話してるけどちょっと分からないの」
「もしもしお電話代わりました。ペットレスキューの藤原と申します」
電話口の女性は、近隣で陶芸教室をひらいている方でした。
「今日、お昼にそのネコを見ましたよ。写真も撮っているんです」
昼時に外へ出たところ、門の前で迷い猫を見つけ、生ハムと水を与えてくれたといいます。夕方になって私たちが配ったチラシを見つけ、連絡してくれたのです。
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
奥さんに事情を説明すると、奥さんが意外なことを言い出しました。タクシーを呼ぶというのです。「近くですから走っていけば断然早く到着するので」とお断りするのですが、「一刻も早く向かってほしいから」と話を聞いてくれません。
「大声を出して捜し回る」のは厳禁
一緒にいたお姉さん夫婦がここは藤原さんに任せましょうと説得してくれて、やっとその場が収まりました。私はキャリーケースを預かり、目撃情報の場所へと走ります。すると、奥さんが後ろから何やら叫びながら追いかけてくるのです。それほどにたいちゃんに会いたくて、無事を確かめたくて、たまらないのでしょう。その気持ちは痛いほどわかります。
でも、あまり大騒ぎをすると、驚いてまた逃げてしまうことがあります。じつはこのケースに限らず、ペットを捜すときに「必死になって名前を呼ぶ」「大声を出して捜し回る」というのは厳禁です。「おかしいな、いつもと違う」と感じたペットが、姿を現してくれることは決してありません。物陰に潜んだり、隠れたり、あるいはその場を避けて逃げ出してしまいます。
どんなに不安でも、そこはぐっと堪えながらいつもと同じように名前を呼ぶこと、走って駆け寄ったりしないことが肝心です。山崎さんの奥さんには申し訳ないのですが、ここは一人で素早く向かいます。