臨床実験さえも逆手にとられる

プラセボ効果がはっきりと示されたのは第二次世界大戦末期のことだった。野戦病院に勤務していたアメリカ人の麻酔科医ヘンリー・ビーチャーが、傷ついた兵士にモルヒネの代わりに、生理的食塩水を注射。鎮痛剤であるモルヒネが不足していたのだ。するとモルヒネと同じような効果があった。プラセボ効果は猛烈な痛みさえ押さえ込んだのだ。

人間と他の生物を区別するのは想像力である。人間は信じ込むことで何ら効能のない処置に対しても身体が反応する。もっとも、プラセボ効果は一時的に症状を好転させることはあるが、根本的な治療にはつながらない。プラセボ効果を過信して、治療を放置、症状が悪化する場合もある。

プラセボ効果を排除し、本来の効果があるかを臨床実験で測定することが、医学界の大きな課題でもあった。

ただし、疑似医学に手を染める人たちは、こうした臨床実験さえも逆手にとってきた。

阪本はこう指摘する。

「改ざんとはまでは言わなくとも、作為的なデータは出せる。このデータを拾うと不利になるからやめよう、そしてよくなったように見えるデータを引っ張ってくることは可能なのです」

問題の根は深いのだ。

免疫療法は効果が証明されていない

とりだい病院内には「がん相談支援室」が設置されている。臨床心理士の資格を持つ、吉岡奏がん専門相談員は自らの仕事をこう定義する。

「医師に治療についての説明を受けたけれども、なかなか理解しきれない。そうした患者さんに対し、もう少し詳しく知るためのツールの紹介や、医師に質問する際に正確に伝え、聞くための事前準備のサポートなどが私たちの主な仕事です。そういったなかに免疫療法などの代替医療についての相談もあります」

代替医療とは現代西洋医学以外の医療行為の総称である。

「免疫療法をやっていますかという相談に対し、どのような治療をイメージしているのかを聞きます。その上でいわゆる自由診療で行う免疫療法はここではやっていないと説明します。そして国立がん研究センターのがん情報サービスというサイトの“免疫療法”などの情報を紹介しています」

〈免疫療法 まず、知っておきたいこと〉というページではこう書かれている。

〈これまでの研究では、残念ながらほとんどの免疫療法では有効性(治療効果)が証明されていません〉

そして免疫療法を2つに分けている。

効果が証明されている免疫療法と、さまざまな治療法を含む「広義」の免疫療法である。この広義の免疫療法は効果が証明されておらず、保険治療が認められていない。そのため患者が全額治療費を支払う自由診療である。この選択をする場合は〈公的制度に基づく臨床試験、治験などの研究段階の医療を熟知した医師〉にセカンドオピニオンを求めるように注意を促している。