嘘とエビデンスのある事実を「サンドイッチ」

ことを複雑にしているのは、そんななかに医師免許を持った人間が運営しているクリニックがあることだ。

阪本はそうしたクリニックの「宣伝文句」はずる賢いと嘆く。

「“これでガンが治ります”と書いてあると流石に嘘っぽいから、そうはしない。嘘とエビデンスのある事実をサンドイッチにしている。ここまでは合っているけれど、さらっと嘘が入っている。疑似医療には裏付けとなるデータがないのだとよく言われますよね。それに対して、データはある、論文はこれだけ出ていると広告を打っている。でも金を払えば論文を出してくれるところがある。ぼくたちは“ハゲタカジャーナル”と呼んでいます」

退官間近の有名大学教授の看板を利用することもある。

「データがないっていうけれど、こんな有名な大学の先生が論文を書いている。(阪本)先生はどれだけ知っているんだって言われると、この(疑似医療の)治療法については全く知りませんと答えるしかない」

また、医療現場で使われている「標準治療」という言葉が誤解を招くこともあるのではないかと阪本は感じることがある。

「これが一般的な標準治療ですと言われると、標準ではないもっと上の治療があるのではないかと思う患者さんがいる。(金銭的に)余裕のある方は特に『いくら掛かってもいいから、一番いいのをやってくれ』とおっしゃることがある。標準治療というのは、今までのデータの積み重ねで決められたものです。これが(現時点で)一番いい治療なんだということを納得してもらうのが大変」

プラセボ効果が疑似医療を守ってきた

金銭を払えば、現時点で病院が行なっていないもっといい治療が受けられるのではないかという、(わら)をも(つか)もうとする患者の気持ちにつけいるのが疑似医療である。

疑似医療の歴史は古い。それどころか、科学的根拠に基づく医療が広まる前には、疑似医療が主流だった時期がある。

例えば「瀉血(しゃけつ)」である。古代ギリシアでは、病気の原因は血液が淀むことだとされていた。そのため、肝臓の病気ならば右手の血管を切る、あるいは脾臓(ひぞう)の病気ならば左手の血管を切る――瀉血が有効だとされていたのだ。この瀉血は長く効果があると信じられていた。アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンは瀉血により死亡したとされている。風邪をこじらせた彼は、繰り返し瀉血を受け、大量の血を失ったのだ。

また、プラセボ(偽薬)効果も結果として疑似医療の守り神となってきた。プラセボとは〈私を喜ばせるであろう〉という意味のラテン語だ。中世イギリスの詩人たちは、このプラセボを〈気休め〉の意で使っている。