残暑が続く某日の午後6時過ぎ、東京・浜松町。
居酒屋ビルの前で通行人にチラシを配布しているスタッフが、呼び込みをしている同僚と、こんな話をしていた。
「今日、やばいね」
「うん、やばい」
名刺サイズのビラを受け取ると、そこには「飲食代10%OFF」と印刷された文字に、サインペンで×印が書き込まれ、余白に「50%OFF」と書かれている。何が「やばい」のか。聞いてみると、メニューの大半を半額にしても「客が入らない」と、言う。
外食産業総合調査研究センター推計によると、居酒屋・ビアホールの市場規模は前年比3.9%減の1兆87億円。ピーク時の1992年の1兆4692億円の3分の2だ。減少する客を奪い合い競争は激化。居酒屋はデフレ経済のまっただ中にある。
しかし、そのどん底をものともせず、数を増やし続ける居酒屋チェーンがある。
「あのチェーンが周辺にできて以来、フリーの客がまったく寄りつかない。ひどいときは客足が3割近く落ち込んだ」(独立店スタッフ)
そのチェーンの名を三光マーケティングフーズ(MF・平林実社長)という。金の蔵ジュニア、東方見聞録といえば、駅前で看板を目にしたことがある読者も多いだろう。日本最大の歓楽街である歌舞伎町を間近に臨むJR新宿駅周辺――。三光MFは、このたった一つの駅周辺に、「金の蔵ジュニア」「東方見聞録」など35店、客席数にして5789席がひしめく。同社は展開する約160の飲食店のほとんどを首都圏の駅前に集中させるドミナント戦略をとる。
この戦略は、管理、流通の効率化、ムダの排除を極限まで追求していく「チェーンストア理論」の重要な柱だ。同社の10年6月期決算によると、均一居酒屋を含む161の飲食店が叩き出した業績は売上高262億円。前期比4.6%増収で過去最高を更新。営業利益は25億円で、利益率は驚異の9.9%を叩き出した。
それまでの同社の成長は、客単価3000円前後の「月の雫」や「東方見聞録」が牽引した。これは同社がつくり上げた個室居酒屋ブランドだ。実は、そのブームも手がけた。全室個室の高級志向の差別化戦略だ。
しかし、その成長の柱がダウントレンドに入ると見るや、期末までに63店を均一居酒屋へと業態転換し、今では、ほとんどが低価格均一路線の居酒屋に変わった。