厄介な「自分を許すルール」
ここでさらに厄介なのは「自分を許してしまうルール」です。
山一證券には、1960年代前半の「証券不況」で痛いめに遭った経験があります。今でいうベンチャー投資を甘い審査で増やす中で相場が下落、「山一倒産」の噂が広がり、取り付け騒ぎまで起きました。しかし、日銀の特別融資で倒産を逃れ、その後の「いざなぎ景気」の中で救済融資をわずか4年で完済します。
自らに課したルールを逸脱し、窮地に陥りながら、結果は何とかなってしまった。すると「ちょっとくらい逸脱しても結局、景気が戻れば何とかなる」という学習をしてしまう。これが実に厄介なのです。危機の原因と対策をちゃんと総括する機会は企業を強くする好機になり得ますが、その機会を逸して「甘えのルール」を受け入れてしまえば、その先に待つのは「悪夢再び」の道です。
「結果対プロセス」についての議論は、いつどんな会社でも起き得るものです。結果を出している人がすばらしいのか、プロセスを順守している人がすばらしいのか、これは単純な二元論で片づけられる問題ではありません。大事なのはプロセスを守りながら結果を出していくこと。そうした大原則を揺るがしてしまうのが、先の「甘えのルール」の怖さです。
バブル期の山一にも、熱に浮かされることなく、プロセスをしっかり守ろうとした社員たちはいました。けれどもその声は「景気は戻るはず」という希望的観測に結局かき消されてしまいました。
「ダブル・ループ」で環境変化に備えよ
千代田生命保険も1904年に設立された歴史ある企業でした。戦前には5大生保の一角を占め、戦後も「財務の千代田」と呼ばれる堅実第一の経営を続けましたが、業界内の競争が激化する中、中堅グループに埋没し、シェアを落とし続けていきます。
転機は1982年、「営業のドン」と呼ばれた神崎安太郎氏の社長就任でした。やがて訪れたバブル景気の中、財務の堅実さよりも攻めの営業を優先し、ハイリスク・ハイリターンの投資先案件開拓へと舵を切ることで、8大生保への復帰を実現します。
しかし、それは融資先の審査を形骸化させた末の産物でした。バブル崩壊とともに逆ザヤに転じ、2000年、更生特例法の手続き申請に至ります。前出の2社と同様、「焦り」から「単純化」という落とし穴への道筋が浮かび上がります。
「株価が下がるかも知れない」「貸し倒れになるかも知れない」という可能性は目に入らず、プラスシナリオに向かう情報ばかりに目を奪われていく。そんな状況をハーバード大学のクリス・アージリス教授は「シングル・ループ・ラーニング」と定義し、その危険性を訴えています。
余計なことを考えない分、短期的には大きな威力を発揮しますが、環境が変われば一転、大惨事に。私たちに必要なのは、既存の考え方とともに、外部からの新しいものの見方を取り入れ、その双方をバランスよく回していく「ダブル・ループ・ラーニング」にほかなりません。