従来の心理学が左半分の領域、つまり病理学および組織のネガティブな面に関わる問題を専門としていたのに対し、ポジティブ心理学としてようやく右半分の領域に取り組み始めたことになるが、左半分の領域の問題が先行して人々の関心を集めたのにはそれなりの理由がある。人間には往々にしてネガティブなものにまず目を向け、そこに執着する性向がある。それは一つには自らの生存を脅かすという危機感から発せられるもので、心理学という一学問領域も決して例外ではなかった。

しかしながら、社会には危機を管理するのと同時に繁栄を維持し、またさらなる繁栄を目指すという課題もあるはずだ。ただし、図1にあるように、病気ではないことが健康だとは言えないように、健康であることが必ずしもいきいきとした生き方に繋がるとは限らないし、健全な組織運営が行われていてもそれは繁栄状態とは同義ではない。つまり、それぞれの状態の間にはギャップがある。そこで、ポジティブ心理学研究では、健康といきいきとした生き方との間のギャップ、健全な組織と繁栄している組織との間のギャップなど、いわば「正のギャップ」の解明を行っていくことになる。

さらなる繁栄という時代の要請に対して、これからの心理学がどう応えていくのか。セリグマン博士は「フロイトの時代にはその時代なりの課題があった。我々の時代には我々の時代なりの課題に対応できる心理学が必要だ」と述べている。

ところで、ポジティブ心理学という名称については、ポジティブ思考(ポジティブシンキング)や幸せ研究といった触れ込みで耳にしたことのある方もおられると思う。あるいは、当分野の邦訳書を書店の自己啓発書コーナーで手にされた方も少なくないだろう。

また、これはわが国特有の傾向であるが、初期の頃に健康心理学との関連で紹介されたことから、メンタルヘルスに関する新傾向の学問かとの当たりを付けている方がおられてもおかしくはない。果ては一時的な流行りものとも、はたまた新手の勧誘の類とも取られることも少なくなく、第一、ポジティブなんて甘ちゃんの戯言のようで何だか……と懐疑的な印象を抱く方々が大半というのも想像に難くない状況だ。