プロ野球の名監督、野村克也。84年の人生を振り返ると「嫉妬にまみれていた」。幼少期の劣等感、そしてノムさんが嫉妬した男とは。

海水入り酒瓶で素振りユニフォームも買えず

「嫉妬」とはつまり「やきもち」のことだろう。最近ではやきもち妬く相手もいなくなったが、若い頃はずいぶんと妬いた。育ちからして他人を羨まざるをえない。思えば俺の人生、嫉妬にまみれていた。

野村克也氏

俺が3歳の頃に親父が戦争で死んで、そこからずっと母子家庭。当時は学校で「父親がいない」ってのは、それだけでもう劣等感の塊だ。

母親が必死になって働いて、それでも生活はカツカツ。俺も小学3年生から新聞配達をして、夏はアイスキャンディー売り、冬は近所の子守なんぞをしたもんだ。子どもはさっさと寝かすに限る。そうしたらこちらは楽だからね。でも、その親からは怒られたねぇ。「昼間寝かすから、夜寝ないのよ!」って(笑)。学校ではいじめられてたよ。4つ年上が仲間を引き連れて校門の前で待ち伏せして、教科書をぶちまけたりしょうもないことをしていた。

野球を始めたのは中学3年生から。でも貧しくってユニフォームなんて買えねえの。集合写真撮っても俺だけ短パン、ランニング姿。試合では後輩からユニフォームを借りていた。