地方芸術祭では尖った表現を自制する方向に流れやすい
今回、「表現の不自由展・その後」の展示中止によって、地方芸術祭とそれを支える金の流れについて議論が巻き起こった。筆者はそうした議論が起きたことは非常に重要だと考えている。
地方芸術祭はどこでも多かれ少なかれ闇を持っている。バブル景気の崩壊以降、地方自治体は美術館などの「ハコモノ」での文化振興が難しくなった。そこで、よりランニングコストの小さい方策として「期間限定の芸術祭」が各地で行われるようになった。これはコストだけでなく、観光振興や市民の芸術参加という観点からも好ましく、ここ20年ほどの芸術界の基調となっている。
メセナやCSRに取り組む企業側にとっては、地方芸術祭は芸術振興と地域貢献を同時に行えるため支援しやすい。また芸術系の大学関係者や美術評論家などもこのスキームで禄を食むため、こうしたイベント群は批判されにくい。
このような論理により、地方芸術祭では、「既存のエスタブリッシュメントに反抗する」という意欲が失われやすく、尖った表現を自制する方向に流れやすい。
てんかん患者が起こした自動車事故を題材にした作品
もちろん今回のトリエンナーレであからさまな圧力があったわけではないだろう。だが、地場産業とそれが作り出した統治機構に対して、根源からその価値を問い直すような作品がないことは、なんらかの配慮とも言える「自動制御ブレーキ」を感じてしまう。たとえば「四間道・円頓寺会場」に展示された弓指寛治「輝けるこども」は、豊田会場で展示されていれば、より意義深いものになっただろう。
この作品は、てんかん患者が自動車事故を起こし、多くの小学生を殺傷してしまった2011年の悲劇を題材としている。てんかんは人類の歴史とともに存在しているが、その病が殺傷事故の原因となるという現象は、自動車産業の発達によって発生した悲劇である。作者のご母堂は交通事故に巻き込まれてから心身のバランスを崩し、2015年に自ら命を絶っている。
「表現の不自由展・その後」は、表現の自由について議論を巻き起こすのが目的だったという。そうだとすれば、「輝けるこども」も四間道・円頓寺エリアではなく、「ここでこんなものを展示しなくても」という批判も予想される豊田エリアでの展示を検討してほしかった。
もちろん地域ごとにキュレーターがいたのは承知しているのだが、そこは芸術監督の差配により「移動展示」などがあれば啓発効果が大きいものになっただろう。私は4カ所ある会場の中で、最後に豊田を訪れたが、仮にここに「輝けるこども」があれば、ダークツーリズムの旅としては完結していたと確信する。