国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった問題で、文化庁が7800万円の補助金を不交付とするなど、事態が揺れている。現地を視察した観光学者の井出明氏は「たしかに問題点もあるが、『ダークツーリズム』の観点からは画期的な展示も多い」と評価する――。(第1回、全5回)
ダークツーリズムで観るあいちトリエンナーレ
筆者は観光学を専門としており、特にその中でもダークツーリズムと呼ばれる特殊な領域を集中的に研究している。ダークツーリズムとは、戦争や災害を始めとする人類の悲劇の記憶をめぐる旅である。
今回、ダークツーリズムの観点から「あいちトリエンナーレ2019」を探訪する紀行の依頼を頂いたわけだが、これは当然のことながら展示中止となった「表現の不自由展・その後」に関する騒動が美術史における悲劇であるという観点から企画されたわけではない。
ダークツーリズムは元々、効率性重視や科学万能主義と言った近代の価値規範が限界に来ているという問題意識から生み出された新しい旅の概念であり、いわゆる近代を乗り越えようとする“ポストモダン”の思想運動と密接に関わっている。
20世紀以降の近代戦争は科学の力によって大量殺戮を伴うようになったし、人間が作り出した巨大文明が災害に遭遇することは、単に「神の意志」として語れるものではなく、前近代とは全く異なった意味合いを持つようになっている。
あいちトリエンナーレの展示では、こうしたモダンへの懐疑を有している作品が数多くあり、それは文明の中に身を置く我々の魂を揺さぶる。今回はこういった問題意識からあいちトリエンナーレを巡ってみる。