企画展「表現の不自由展・その後」の展示をめぐって揺れている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」。現地を視察した観光学者の井出明氏は「映像プログラムには意欲的な作品が多い。とりわけNTTが一部を非公開とした作品も全編を公開したことは評価すべきだ」という――。(第2回、全5回)

多数ある「ここでしか見られないもの」の価値

あいちトリエンナーレにおいては、インスタレーションを始めとする現代アートの作品だけでなく、映像プログラムが非常に充実している。その中には、『デトロイト』や『民族の祭典』といった広く公開された映画で、視聴が容易なタイトルもあるため、筆者は「ここでしか見られないもの」に割りきり、会場で監督とのアフタートークを楽しめるものに絞って会場で観ることとした。

こういった観点から筆者は、一般には観ることが難しかった小森はるか「空に聞く」と吉開菜央「Grand Bouquet」の2本を鑑賞した。

ちなみに、筆者は小森と長年の交友関係がある。映像作家である小森は、彼女の盟友である画家の瀬尾夏美とユニットを組み、アートによって被災地の記憶を残し続けた。

学術でもジャーナリズムでもない第3の手法

私は阪神・淡路大震災の頃から観光を用いた復興の研究をしているが、それまで災害の記録といえば学者が行った調査とジャーナリストが残したルポルタージュぐらいしかなかった。このため東日本大震災後、仙台市の「せんだいメディアテーク」で小森はるかと瀬尾夏美が制作した「波のした、土のうえ」を見たとき、ソフトな記憶の承継手法に驚嘆した。

(c)Haruka Komori
小森はるか『空に聞く』2018(愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品)

無理のない形で地域の中に入り、被災者に寄り添いつつ、日々の悩みや葛藤を映像の形で編み上げていく小森の方法論は、学術でもジャーナリズムでもない第3の手法ともいえ、芸術や映像文化の可能性を感じさせるものであった。

小森は公開や商用を意識せずにコンテンツを蓄積させていったのだが、その重要性に気づいた愛知芸術文化センター・愛知県美術館によってオリジナル映像作品として制作されることとなり、今回あいちトリエンナーレの映像部門のキュレーターである杉原永純によってプログラムに入った。映像作品「空に聞く」は、陸前高田における復興期の臨時災害FM局の活動を追ったものであり、ラジオ局が傷ついた人々の心を繋ぎ、人間関係のネットワークのハブとなっていく状況を丁寧に追いかけた力作である。

なお、今回のあいちトリエンナーレでは、小森の作品以外に映像プログラム中で富田克也が「典座(TENZO)」を上映するとともに、現代美術では藤原葵が「Conflagration」を発表するなど、東日本大震災という巨大災害とそこからの復興について、それぞれの芸術家がそれぞれの手法で描こうとしている点が横断的に確認できる。