アイデンティティの構築に「記憶の管理」が必要

【岡本】「情報圏」という概念を提示したルチアーノ・フロリディは、「記憶と相互作用」についてこのように言っています。

記憶は、パーソナル・アイデンティティの構築において重大な役割を果たす。……最近まで、楽観的な見方として、ICTはパーソナル・アイデンティティを形成する力を人々に与えるとされていた。しかし、未来は微妙に異なっているようである。記録された記憶は、その対象の性質を不変のものにし、強化する。多くの記憶を蓄積し外部化するほど、パーソナル・アイデンティティの構築と発達に対するナラティブが、より多くの制約を受けることになる。記憶の増加はさらに、我々自身を再定義する自由度を低下させる。忘却とは、自己構築の過程の一部なのである。来るべき世代にとって、可能性のある解決策としては、自己の性質を結晶化して固定する傾向のあるさまざまなものにいっそうつましくなり、新しく磨きのかかった自己構築スキルを使いこなすことに習熟するべきであろう。自分の記憶を個人的、公共的に消費するために、獲得し、編集、保存、管理することは、……情報プライバシーの保護の観点からだけではなく、健全なパーソナル・アイデンティティの構築という観点からも、重要性をさらに増すであろう。
(『第四の革命』新曜社、2017年、99~100頁)

データを「忘れる」装置の開発

【深谷】記憶装置とともに、データの断捨離や忘却のための装置も開発されていくべきなのですね。

岡本裕一朗・深谷信介『ほんとうの「哲学」の話をしよう』(中央公論新社)

【岡本】ではそのとき、どういうかたちで忘却するように設計するか、が問題になります。人間はその点では無意識的に忘却という作業をやっているわけですから気楽ですが、機械は何をもって「忘れていい」「捨てていい」と判断するか、これは相当に難しい問題です。わたしたちのように、自分に都合のいいように覚えていたり忘れてしまったりという塩梅あんばいができるようになるかどうか。

【深谷】人間を真似まねていけば、忘却の仕方も真似られるんじゃないかと思うんですけど。

【岡本】そうだと思います。だから、インターネットにも記憶の墓場が必要になってくるのですね。そのとき、わたしたちは、忘れるということがこんなすごい能力なんだということを知ることになるのだと思います。

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