「少年マガジン」が防弾チョッキの代わりだった

1999年3月24日6時7分、海上自衛隊の護衛艦「みょうこう」の航海長だった著者は、複雑な思いで「面舵一杯」を下令した。日本人が拉致されているかもしれない北朝鮮工作船を警告射撃で停止させ、隊員が立入検査に乗り込もうとした矢先、その船は再びフルスピードで逃走。「みょうこう」も急加速して追走したが、そこで日本政府から作戦中止命令が出たからだ。あっという間に日本海の波間に消えていく船影は今も目に焼きついているという。

「能登半島沖不審船事案」と呼ばれるこの出来事が、防衛庁(現防衛省)初の特殊部隊「特別警備隊」を海上自衛隊内に創設するきっかけとなった。