「さらに、だ。都心でお菓子屋をやるんだったら、販売する商品も絞り込んだほうがいいぞ。あんたのお菓子屋は、看板商品以外に、いろいろな種類のお菓子をたくさん売りすぎている」
男はそう言うと、店頭にあるショーケースに目をやった。そこには、マドレーヌやシュークリームなどの単価の低い菓子が、ズラリと並んでいた。
飯島は意外なことを指摘されたので、すぐに反論した。
「でも、種類は多いほうが見栄えもいいと思いますよ。それに、商品をたくさん並べたほうが、お客さんも幅広く選べて、売上が安定するじゃないですか」
「たくさん置けばいいってもんじゃないんだ! 貢献利益が大きい商品でも、『商品の利益額=商品1個の貢献利益×商品の販売数』という数式が成り立つ以上、販売数も多くならなければ意味がない。繁盛店を見てみろ。高くて、売れ行きがよい商品だけを選んでいるだろ。売れない商品は置かないから、空きスペースをとって、ゆったり並べることができる。それが、顧客の買う心理にも、よい影響を与えるんだ。商品点数が少ないからこそ、高い価格でも売れるんだ」
「そっかぁ。あんなに商品点数が少ない専門店が、なぜ都心でやっていけるのかと不思議でしたが、そういう理由があったんですね」
「それに、お菓子なら腐るのも早いから、売れ残ったマドレーヌやシュークリームは、捨てることになるんだろ。それが、結果的には損になって、貢献利益をさらに悪くしているはずだ。いいか、売れる商品だけに絞ればリスクは大きくなるけど、その分、リターンも大きくなるからこそ、儲けることもできるんだ。でも実際には、リスクをとるのが怖くて商品点数を絞れずに小さなリターンでもいい、という安定志向の経営者も多いんだ」
「堅実経営を目指すことも、経営者としては、間違っていない選択ですよね」
「田舎ならばな。でも賃料の高い都会に出店しているくせに、小さなリターンを目指すバカな経営者もいるんだよな」
「あはははっ、そりゃ、バカですね」
「おまえのことだよ」
「……」
固定費が大きいビジネスは、安定した貢献利益が確保できていなければ、すぐに破綻してしまう。儲かってくると、すぐに賃料の高いオフィスに移転して、社員もたくさん雇う経営者がいるが、これでは貢献利益が増えていないのに、固定費だけが上がって、大きなリスクを抱えるだけだ。立派なビルに移転して、給料が高い優秀な社員を雇うだけで、自社の商品の価格が自動的に上がって、売上が伸びると考えるのは幻想だろう。
世の中には、ハイリスクな投資をすれば、自動的にハイリターンを期待できると勘違いしている人が多い。現実は、それほど甘くはない。銀座の路面店のように、賃料が異常に高い場所で商売をすれば、リスクは高くなる。そこでは、リターンの大きい、つまり価格が高い商品を売らなければ、莫大な固定費は回収できない。もし銀座の路面店で、価格が安い商品を売るならば、ハイリスクでローリターンなビジネスをやっていることになる。