強盗は低い声で、話し始めた。

「あんた、さっきクッキーが看板商品だって言ってたが、その単価はいくらなんだよ」

「えーっと、1個120円で売っています」

「そんな価格設定じゃあ、儲かるわけないな」

「でも売れ行きはいいので、口コミで広がっていけば、もっとお客も増えると思います」

飯島がそう答えると、男は頭を抱えこんだ。

「おまえもバカだねぇ。いいかい? こんな銀座の一等地でお菓子屋をやるんだったら、クッキーみたいに単価の低い商品じゃなくて、ロールケーキとかチーズケーキみたいに単価の高い商品に絞らないとダメなんだよ。店の賃料なんかの固定費が大きいんだから、貢献利益の大きい商品を置かなきゃ、儲かるはずがないだろ」

「あの……だから『貢献利益』って、なんですか?」

「売上から、売上原価やパートの人件費なんかの変動費を引いた利益のことだよ。普通、決算書では、『営業利益=売上-売上原価-販売費および一般管理費』って計算するだろ。これを『売上-変動費=貢献利益』『貢献利益-固定費=営業利益』って、組み直して考えるんだ」

「売上原価は変動費として、販売費および一般管理費を変動費と固定費に分けるんですね。でもなんで、そんな面倒くさいことをするんですか?」

「会計っていうのは、道具なんだ。クッキーを作るときと、ケーキを作るときと、使う道具が違うだろ。同じように、決算書を作るときと、経営を分析するときも、道具を変えるんだよ。それで、一般的に、価格が高い商品ほど、貢献利益が大きくなる傾向にある。これは、変動費の中には、材料の質に関係なくかかる運送料や在庫管理料が入るからな」

「なるほど、高い材料でも、安い材料でも、1回の運送費は同じだし、商品一個を保存する冷蔵庫の電気代も変わらないですからね」

「だから単価の低いクッキーを、銀座の一等地で売っているのは、ダメ経営者ってことなんだよ!」

「ダメ経営者って……強盗よりはマシでしょ」

「バカかおまえ! 10万円を盗んでも、100万円を盗んでも、1回の強盗にかかる経費は同じだし、捕まるリスクもあるだろ。だから、1回で金が多く盗めて、貢献利益が大きくなる銀座の店を、ちゃんと選んでいるだろうが。でも、こんな貧乏くじに当たるとは」

男は大きなため息をついた。