“無意識に女性を見下す心理”が招いた事件

「美しくてか弱い女性を自分が守らなくては……」

そういった勘違いは、世の中に溢(あふ)れています。女性は自分より劣った存在だという刷り込みが、事実、多くの男性の脳内にはびこっている。恋愛もそう、職場でもそうです。女性は自分より「下」だとデフォルトで思い込んでいることにより、「自分が何とかしないと」とゆがんだヒロイズムを振りかざしてくる男たちがあとを絶たないのだといいます。

少し話は変わりますが、2018年の夏、ある私立医科大学の入試で、男女差別があったというニュースが話題になりました。女子受験生は一律で点数を操作され、合格者数を抑えられていた。憲法に守られた民主主義国家で、こんなわかりやすい不平等が横行していたことに絶句しましたが、ここにも「無意識に女性を見下す男性心理」がはびこっているように僕は感じました。

「医師の仕事は過酷だから、女性にはしんどすぎるんじゃないか」「医師のキャリアは男性でないと務まらない」などという、偉いオジサンたちの思いがこのような“不平等入試”を招いた気がしてなりません。思い込みと権力とが合わさって、女性の生きづらさというのはなかなか改善されないのではないか―─。僕はそう思います。

男たちを引きつける何かが伝わってこない

さて、話を小説に戻しましょう。

靖子は女性であることによって、石神に自分を「庇護の対象」だと思わせてしまった。靖子は小説内で「私だけ幸せになれない」なんて、絶対言っちゃダメです。自分のために罪を犯した石神が出頭した後に「男なんて簡単簡単~♪ ちょろいな」と言いながらシャンパンで乾杯するような、ある種“恐ろしい”女性だったら良かったのに。

「何であんな女のために頑張るんだよ!」と読者が地団駄を踏むような女性が登場して初めて、石神の恋や愛は、報われない本当の献身として成立する気がします。

そういえば、直木賞の選考委員の五木寛之さんは、選考会の中でこの小説を「推理小説として、ほとんど非のうちどころのない秀作」と評価しながら、以下のような指摘も残しています。

「男たちを引きつける何かを持った靖子という女のオーラがつたわってこないの(略)が私にとっては不満だった」

僕はこの指摘に完全に同意です。「シャンパンで乾杯~」はもちろん極端ですが、石神の目を通して新しいタイプの女性像を見てみたかった気もします。