税務署に資産を把握されたくない人は多い

それでも現金を自宅に置いておくのは、税務当局に資産を把握されるのが嫌だという国民感情が底流にあるのではないか。マイナンバー制度の導入で、税務当局による所得の把握は進みつつあるが、相続で調査対象にでもならない限り、正確な資産把握はされにくい。

かつて、無記名の債券を買って金庫に入れていた大物政治家が摘発されたことがあるが、究極の無記名金融商品はキャッシュだとも言える。統計上、個人金融資産は1800兆円だと言われるが、それ以外にも退蔵されている紙幣はかなりの金額にのぼるはずだ。だからこそ、通貨流通高が極めて大きいとも言えるのである。

キャッシュレス化に旗を振る政府に対しても、懐疑的に見ている「資産家」が少なくない。財務省は当初、軽減税率分をマイナンバーと紐付けて返金する案を考えた。そうなれば、すべての消費を税務当局が捕捉することになるというのは誰の目にも明らかだった。

マイナンバーの導入以降、金融資産の捕捉は着実に進んでいる。例えば、銀行口座や証券口座の保有者はすべてマイナンバーの提出を求められるようになった。また、ひと昔前は本人が申告しなければ分からなかった金塊の売買も、200万円以上の取引は店側が税務署に記録を提出することになった。実際には200万円未満の売買でも本人確認などがされている。金融機関をいったん通せば、税務当局に資産を捕捉される可能性が高くなっているわけだ。

新紙幣に切り替えれば「地下経済」を捕捉できる

また、海外に資産を「逃避」させておくことも極めて難しくなった。日本国内から海外に株式などの資産を移す場合にも課税される仕組みが出来上がった。また、海外資産も日本の税務当局に届け出ることが義務付けられている。生活拠点をシンガポールやスイスなど相続税のない国に移す資産家もいたが、今ではそうした租税回避とみられる行動も簡単ではなくなった。

そこで、紙幣の切り替えである。新紙幣が発行されたからといって、旧紙幣が使えなくなるわけではない。しかし、切り替えから時間がたてば、自分で使うにせよ、人にあげるにせよ、使い勝手が悪い。今、伊藤博文の千円札や聖徳太子の1万円札を店で出したら、受け取りを拒否する人もいるかもしれない。

そうなると、退蔵されてきた旧紙幣は、金融機関に持ち込まれて、新紙幣に交換される。当然、身元は記録されるし、いったん銀行口座を通れば、その人の資産として改めて捕捉される可能性も出てくる。

政府は概ね20年ごとに紙幣を切り替えるのは、偽造防止の狙いがあると説明している。だが同時に、アングラ経済で流通する紙幣を表に出させ、マネーロンダリングなどを防ぐ狙いもある、という。つまり、新紙幣への切り替えと、キャッシュレス化は矛盾するどころか、国民資産の捕捉という国の狙いに合致していると見るべきなのだ。