健康寿命が伸びれば、平均寿命も伸びる

「予防をすれば国は医療費を抑制でき、民間には新しいビジネスチャンスが生まれ、個人は健康でいられる」――最近こんな言説が出回っています。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/ferrantraite)

本当ならこんないい話はありません。予防で医療費は減らせるのか? データと医療政策の歴史に基づいて検証してみましょう。

「高齢化(高齢者の増加)」とは一人一人の「寿命の伸長」の結果です。高齢社会で医療介護費が増大するのは、寿命が伸びれば生涯医療介護費(正確には医療介護ニーズ)は増大するからです。要医療(入院)・要介護者の割合は加齢とともに加速度的に上昇し、85歳を過ぎれば半数の人が要医療・要介護になります。「高齢者の高齢化」が進めば高齢者の数以上に費用も増大していきます。平均寿命が男女共80歳を超える日本では、男性の25%、女性の50%が90歳を超えて生きます。寿命が伸びればこの比率はさらに高くなりますから、医療介護費は増大していくことになるのです。

日本人の平均寿命がこれほど伸長した要因は、経済成長による生活水準・衛生水準の向上、そして医療サービスの普及とイノベーションです。皆保険ですべての国民が医療を受けられるようになった。治せなかった病気が治せるようになった。諦めていた患者の命が長らえるようになった。医療にくわえて公衆衛生・栄養水準を充実させ、国民に適切なサービスを提供してきたからこそ、寿命が伸びて高齢社会が実現できた、という歴史の事実を忘れてはいけません。

先進国にふさわしい医療・介護サービスを行う限り、長寿化=医療介護ニーズの増大に応じて医療介護費は増大していきます。これはいい悪いの問題ではなく、事実として議論の前提におくべき話です。

「予防で医療費・介護費を減らそう」「健康寿命を伸ばして医療費を減らそう」という議論はこれまでも何度もありました。要するに「ニーズを減らして医療費を減らそう」という発想です。

しかし残念ながら、医療経済学の世界では「予防で医療費が減らせることはない」というのが共通の知見であり、常識です。「健康寿命が伸びれば医療にかかる人が減って医療費が減るはず」と思うかもしれませんが、健康寿命と平均寿命はパラレルに伸長しています。「健康寿命を伸ばす」とは「老化のスピードを遅らせる(今の80歳は昔の65歳)」ということなので、長期で見れば「健康寿命の伸長→生涯医療費の削減」というわけにはいきません。