家族なんて、お互いが役割を演じているだけでしょう。家族であろうと、一人ひとりが違う「個」。下手に側で暮らしている、血縁があることで、わかり合っていると思いこんでいるだけ。家族という幻想にとらわれているんです。それなら、友達や恋人のほうが、相手を知りたいという気持ちがあるからまだいい。

さらにいうと、夫婦にしても家族にしても、相手に期待するからいけないんです。男性も女性も、夫や妻に期待をして裏切られる。結局自分の人生は自分1人のもので、責任は自分に戻ってくるんですよ。そう割り切って生きたほうが、気が楽なんです。夫婦で互いに不満を持つこともあるでしょうけれど、それも大抵は期待のしすぎ。例えば相手が結婚記念日を覚えていないなんて愚痴を言う人がいますが、そんなの忙しかったら覚えてられませんよ。

親子でも子どもに過剰な期待をする人がいるでしょう。いい学校、いい会社、いい結婚相手……そんなの、子どもの人生。期待通りにいかないと不平、不満を持つのはお門違いです。歴史的に見ても、母親は妊娠や、子育てをしてきたので根源的なところで子どもとべったりになりやすいのでしょうけれどね。最近は、大人になっても母子で旅行や映画や買い物に行く「ママっ子男子」なんて言葉もあると知って、びっくりしました。本来、子どもは、親に反抗して乗り越えるものですよ。

独立していても、「つれあい」と住む意味

では、どうして家族でいるのか。家族でいる意味は何かというと、他人と一緒に暮らすことで違う価値観を知ることが面白いから。それで、自分が優しくなれるからでしょうね。

私は小さい頃に体が弱く、母に可愛がられてきたせいで、わがままに育ちました。人への思いやりが欠けていたと自分で思います。でも、つれあいができて、人と生活していると、思いやりが生まれるんですね。お互いに、不愉快にさせない努力をする。今日は機嫌が良さそうだなとか、体調が悪いのかなとか。1人で生きていても良かったかもしれませんけれど、パートナーがいて、誰かを思いやる気持ちを持てたから、私にとってそれは正解でした。