転機となった、ファミレス社員の声
そして入社して5年目。辻野さんが25歳のとき、彼は大きな改革を起こします。その後5年間でTTNコーポレーションを日本一の畳屋に押し上げた、「24時間対応の畳の表替えサービス」です。きっかけは畳を張り替えに行った大手ファミリーレストランチェーンの店舗改装責任者との会話でした。辻野さんは、彼の口からポツリと出た「夜中に畳の張り替えできへんの?」というぼやきが気になります。レストランとしては、貴重な営業日を削って、畳の表替えのためにわざわざお店を休業したくない、というのです。
一方で当時、客のために夜中に作業するという畳屋さんは全国にもありませんでした。もちろん多くの畳屋さんが、ファミリーレストランや居酒屋チェーンが増えるなかで、「深夜操業すれば喜ばれるだろうな」と気づいていた可能性はあるでしょう。しかし、気難しい職人たちの仕事の時間を変える会社はなかったのです。
なぜ畳産業はそんなに前近代的なのか。「大量生産で安いものを作ってパッと入れ替えればいいじゃないか」と思わないでしょうか。それがなかなか難しいのです。辻野さんによると、同じマンションに1000枚の畳があっても全く同じ畳は、1枚もないそうです。なぜなら部屋を寸法通りに作ることはできないから。数ミリのズレでも隙間ができるので、必ず部屋ができあがってから細かく採寸し、畳を作るのだそうです。劣化した畳を直す際には、一枚一枚形も厚みも材質も違う畳を、目を揃えて美しく仕上げる熟練の職人技が必要なのです。
ここで辻野さんは、まさに「知の探索」行動を起こします。大胆にも、深夜の表替えを引き受けたのです。しかし、周囲の職人は誰も手伝ってくれません。そこでなんと1人で24時間勤務を始めたのです。
「1日2回勤務しました。通常の業務時間が終了したら1度家に帰り、食事と風呂と2時間の睡眠を取ってから夜再度出勤。閉店した店舗に行って畳を引き取り、工場に運んで表替えをする。終わったらまた家に帰って2時間の睡眠を取り、オープン前の店舗に畳を運び入れて、それから昼の出勤です」
せめて日中の仕事はほかの職人に任せればよいのですが、当時工場長だった辻野さんはすべてを自分1人でこなしました。結果、夜の注文は評判が上がり、当初は週に1回だった表替えが、週2回になり、やがて週3回になり、2カ月後には毎晩になりました。
「それから2カ月ほどで僕はみるみる痩せていった(笑)。その悲惨な姿を見て、『僕もやりますわ』って、1人また1人と、仲間が夜勤を手伝ってくれたんです。それから交代制のシフトをつくった。あんな無茶はもうできません。本当に死にかけましたよ(笑)」