このように、周りの職人が次々と辻野さんを助けるようになってくれたのは「自己効力感」の効果です。特にこれは、自己効力感の「代理学習」(Vicarious Learning)と呼ばれるもの。人は、自分の経験からだけで自己効力感を高めるのではありません。他人が頑張って成功するのを目の当たりにすると「自分もできるのではないか」と考え、自己効力感が高まるのです。辻野さんが夜勤を始めて受注が増えてきたことを周囲の職人が目の当たりにしたからこそ、彼らも「ああ、俺たちもできるんだ」と自己効力感がチームに伝播したのです。周りの職人にとって当初は“また坊ちゃんが勝手に始めた”「他人事」だったのが、「自分事」に変わった瞬間といえるでしょう。

協力してくれるメンバーが増えてくると今度は徹底的に営業を始めました。年中無休を基本にする飲食店や旅館はなかなか畳を替えられず、困っていました。畳屋さんが24時間対応する画期的なサービスは、社会に強く求められていたのです。おかげで契約は面白いように取れました。そこから同社は急成長を始めます。

24時間営業が成功すると、辻野さんはすぐさま、日本一の畳屋になるための支店展開を始めます。2店舗目となる神戸店をオープンすると、それまで外注していた襖張りの内製化。さらに、コンシューマー向けの小売店「三条たたみ」を立ち上げます。

「BtoCを始めて、お客様と直接会話ができるようになった。ハウスメーカーや工務店や不動産会社の下請けの場合は、とにかく安い畳を入れてくれればいいというのが基本でした。直接販売できめ細かくて美しく、強く、色艶がいい高級畳を販売できるようになった。畳のある暮らしのよさを提案できるようになってきたんです」

24時間営業のスタートから怒涛の1年。私が注目したのは、成長が始まる前、売り上げ4億5000万円の年に辻野さんが、「来季は売上高10億円いくから、そのための体制をつくろう」と宣言したことです。先代社長は、「またアホなことを言い出した」と苦笑いだったそうです。しかし、それまでの辻野さんを見てきた社長は、反対しませんでした。「ようわからんが、頑張りや」と背中を押したのです。宣言通り、翌年売上高10億円を達成しました。

現在、同社はさらなる展開のために、個人経営の畳屋さんと連携し、24時間表替えサービスの全国ネットワークをつくり始めています。衰退する産業で他者を駆逐するのではなく、畳需要の衰退を止めたい。全国に根ざした貴重な職人企業とともに生き、畳の素晴らしさを再び広め、少しずつでも市場を取り返そうとしているのです。

▼第二創業成功のポイント:体を張って困難に挑戦、その成功が「職人」の意識を変えた

会社概要【TTNコーポレーション】
●本社所在地:兵庫県伊丹市北伊丹
●資本金:3000万円
●売上高:65億円(17年2月期グループ合計)
●従業員数:450人
●沿革:1934年「畳福」を創業。93年現社名に変更。2002年の神戸店を皮切りに、08年には東京支店をオープンし、現在は全国に12店舗を展開する。
入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
 

4代目 辻野福三郎(辻野佳秀)
TTNコーポレーション 代表取締役社長
1977年、兵庫県生まれ。街の畳屋の長男として生まれる。高校を中退後、カナダへ留学。20歳で帰国し、同社へ入社。24時間営業の畳張り替えサービスを2004年に開始。08年に社長に就任。10年には畳と関連商品の販売をする三条たたみブランドを立ち上げた。尊敬する経営者は松下幸之助。
 
(構成=嶺 竜一 撮影=福森クニヒロ)
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