いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。
第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
第3回:最強の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見 明)
第4回:日本企業が"リサーチ"より優先すべきこと(高岡 浩三)
第5回:キットカット抹茶味がドンキで売れる理由(高岡 浩三)
第6回:博報堂マンが見つけた"出世より大切な事"(川下 和彦)
第7回:イキった会社員は動物園のサルに過ぎない(川下 和彦)
第8回:マッキンゼーが"哲学者"を在籍させる理由(竹村 詠美)
専門家を集めて、多様な視点から結論を導く
ビジネスを円滑に進めるためには、相手の立場や考えを理解し柔軟に対応するセンスが求められます。
私は1997年、ペンシルバニア大学ウォートンスクールを卒業して、アメリカのコンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」ニュージャージー支社に入社しました。そのとき同僚の専門性があまりに幅広いことに驚かされました。
マッキンゼーはコンサルティング会社ですが、医学や物理学、哲学などのPh.D.(博士水準の学位)が在籍していたのです。社内にそれだけ多様な人材がいると、ひとつの問題に対して複数の視点を持てるようになります。
専門性がバラバラだと議論がまとまらないように思われるかもしれませんが、マッキンゼーでは議論を整理するためのフレームワークを使っていたため、議論の幅を広げながら、建設的な結論を導き出すこともできていました。
最近はマッキンゼーに限らず、世界的な傾向として多様性に注目が集まっているように感じます。ダブルディグリープログラムを受け、たとえば「哲学」と「コンピューターサイエンス」など分野をまたがった専門性を持つ人も少なくありません。
テクノロジーだけでは限界がある
こうした傾向は、テクノロジーだけを学ぶことに限界が見えてきたことによる影響もあるのではないでしょうか。テクノロジーは問題解決のために不可欠なものですが、そもそもの前提となる問題設定を間違えてしまうと意味を失ってしまうと私は考えます。
「センスメイキング」を読むと、自動車大手のフォードが投資を続けてきたレーンアシスト(車線逸脱警報・車線維持支援)機能を取り上げて、「車線が明確に引かれていない中国のドライバーにとっては無意味」といった記述がありますが、こういった問題は、世界中で起きているものです。
グローバル化が進んだ現代は、多くの商品について、「作られる場所」と「消費される場所」の距離が開いており、国をまたぐことも珍しくありません。そうすると、文化的な背景の違う人に向けて商品やサービスを開発するわけですから、技術だけではなく、使う人に思いを馳せる力も求められるはずです。
私が仲間と一緒に創業したPeatixも、日本だけでなく東南アジアにも展開していますが、シェアを広げるまでの過程で、現地に身を置き、そこに暮らす人のことを知る重要性を実感しました。