【佐藤】わかります。でも、それは組織がしっかりしていなければできないことです。そうでなければ、稼ぎさえすればなんでもいいという話になってしまいます。
【國分】だからこそ、組織は、その文化を通じて、個人のボトムラインをきちんとつくれるかどうかが重要になってきます。結局は教育なのです。
【佐藤】モスクワで日本の商社パーソンは、ほとんど事故を起こしません。事故を起こすことが多いのは、私が今まで見てきた記憶ですと、新聞記者や外交官、あとは学校の先生です。ロシアで商社の窓口になるのは、たいていがソ連時代にKGBだった人間です。だから、商社パーソンは、そういう人間と、ものすごい緊張感を持ちながら付き合っているのです。
あるとき、全国紙の幹部から「うちの記者でロシア語の堪能な奴がいるんだけど、どういうわけかビザが出ない。佐藤さん、助けてくれ」という相談がありました。管轄はロシア外務省の新聞出版局ですから、知り合いに頼んだんです。そしたら「うちの管轄じゃダメだ」と言う。どうしてかと聞くと「麻薬取締官に逮捕された過去がある」と言うのです。いろいろ調べてみると、要するに、その新聞記者は女性と遊んでいて、女性に勧められてマリファナかなんかを吸って捕まった。そこでKGBが取引を持ち出したのですが、その新聞記者は断った。だから入国禁止になったというわけです。麻薬が絡んだら、どの組織も守れません。KGBはそこを知っていて、突いてきたわけです。
モスクワにいるとそんな怖いことがいろいろあります。でも、商社パーソンにそうしたケースはほとんどありません。悪に対する教育が伝えられていると思うのです。
【國分】そうした商社パーソンの長年の経験に基づいたDNAは今も受け継がれています。でも実は、そうして勝負できた世界が、そろそろ終わりつつあると見ています。商社パーソンの均質的な発想と行動様式では、イノベーションは生まれません。様々な価値観や発想を持った人たちの多様性をスパークさせ、化学反応を起こしていかなければなりません。これからは、商社のプラットフォームに何を載せていくのか。今ある有形無形の資産を使って、次にどういった化学反応を起こしていくのか。そうした発想でやらなければならない時代に入ったと考えています。
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
國分文也(こくぶ・ふみや)
丸紅社長
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。75年丸紅入社。30代のときに米国で石油トレーディング会社設立を経験。2010年丸紅米国会社社長、12年副社長を経て、13年4月より現職。