2011年から人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」を始めた新井紀子教授。今後、人間の仕事はAIに奪われるのか。社会はどう変わるのか。

技術を無償で提供して、雇用を生む一方で

私たちは現在、いわゆる「知識基盤社会」の中で生活しています。この言葉は、人々の繁栄と幸福のために知識を創り出し、共有し、活用する社会を意味するとされています。

国立情報学研究所教授 新井紀子氏

GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表されるテックジャイアンツと呼ばれる最大手テクノロジー企業は、ネット上に売買、広告宣伝、交流などの「場」を提供するプラットフォーマーであり、この場を活用してさまざまな企業やサービスが国境を超えて連携し、多くの人々の日常を支える仕組みを生態系(エコシステム)になぞらえて、デジタルエコシステムと呼びます。

このデジタルエコシステムの中核にある彼らプラットフォーマーは、情報技術のおかげで「いまや地球上の誰もが平等に情報にアクセスできるようになった」と誇らしげに主張しています。確かにある面、これは事実です。今日では農村で過酷な性差別を受けながら育つ少女でさえ、ウェブ上で素晴らしい学習教材を無料で利用することができ、懸命に学習をして、世界有数の大学の奨学金を手にすることができます。テックジャイアンツは、自分たちは「驚くほど役立つ技術を無償で提供し、世界中で新たな仕事を生み出している」とも言っています。これもまた、ある面では事実です。いまや、政情が不安定な国の危険な地域で暮らす女性でさえ、世界全体を網羅するオンライン決済システムやスマートフォンのおかげで、小さなビジネスを起こすことができるのです。

このような発展は確かに素晴らしいことです。20世紀には想像もつかないことでした。ですが私たちは、新しいデジタルエコシステムの負の側面にも目を向けなければなりません。いま、世界で最も富裕な上位1%の人たちが、世界全体の富の半分以上を所有しています。

わずか8人の大金持ちが、世界の半分に匹敵する富を所有しているとも言われています。このような展開も、前世紀には思いもよらなかったことでした。これは容認できることではなく、持続可能なことでもありません。なぜこのようなことが起きたのでしょうか。デジタルエコシステムの誤った働きが、少なくとも一因であることは間違いありません。